とある国。
 その一つの研究施設。
 すでに実用化されている、AI戦闘機。それを現場で統括するためのAIを研究する施設。
 【プロジェクト・ガルーダ】。
 それが実用化されれば、軍事に関する人的な損失は大幅に減らすことができる。
 そんな国家プロジェクトがあった。

 ほんの、数日前までは。

○――

 Dr.トロイと助手のウパ江は、山間の村に来ていた。
 低空飛行するカプセルトロイの窓。切通しから見えるその町は小さくまとまって見える。しかし、そんな小さな村の入り口に、一つの大きな影が見えた。
「博士。何でしょう、あのロボットは」
「ああ、あれは【羅刹女】じゃな。廉価版特機、とでも言うのかのう……」
 ウパ江は「ふむー」と唸って。
「特機は通常、戦争・紛争などで用いられれば旗印……旗艦の様な扱いを受けますよね? それこそ大将首のように。その廉価版、ですか?」
「うーん……大将首じゃないけど、戦闘力はその辺のモノとは桁違い……中ボスじゃな」
「中ボスですか」
「中ボスじゃ」
 ウパ江はふむふむ、と頷いて、カプセルトロイは近くの山林に停まった。
「……あ、あの中ボスを倒さないと村に入れない!?」
 トロイは「あ、そういうことじゃなくての」とツッコミを入れて。
「向こうの山岳を超えると国境なんじゃが、このへん紛争が絶えなくての。近くにテロリストのキャンプがあるんじゃよ」
「なるほど、自衛のためですか」
 頷くウパ江にトロイは「言葉上は正解じゃな」と苦笑いする。
「この村は、テロ支援地域として、この国から異常事態地域指定されとる。“テロリストに物資を提供している”という名目での」
 それを聞いて、ウパ江は何度か頭を傾げ。
「……ウパ江、わかりませんね。脳の機能が低下していますか? 理解できなくて泣きそうなのですが」
「それ、たぶん理解したら泣くんじゃないかの。……まぁ、泣くのも泣いてるのも当事者なんじゃが……。要するに、国からは“テロリストに何も売るな”と言われているけど、テロリストは“私はテロリストです”とは言わない。だから、売ることをやめることはできないし、生活もある。そうすると、国からは言うことを聞かないテロ支援地域だとみなされて、庇護の対象から外される。……場合によっては、自国からの攻撃の対象にもなる。そのための【羅刹女】じゃな」
 ウパ江は考え。考え。
「……敵ばかり、じゃないですか」
 ちょっと涙目になって答えた。トロイは笑って。
「国は身内、テロ組織はその行為さえなければ御得意様。本来は、味方ばかりじゃよ……紛争さえなければ、のぅ」
 だから。と、そう言って。
「……世界征服、せんといかんなぁ……」
 ぼりぼりと、襟足を掻いた。

○――

 山間の村。その入り口に立つ【羅刹女】を、ウパ江は見上げて。
「はー……。立派なものですねー」
「まぁ、一般量産機に比べて10倍以上値が張るからの。……特機はその100倍程度じゃが」
 カプセルトロイを置いて、徒歩で村に入った二人は、その入り口で検問を受けていた。
 とはいえ、簡単な来村目的の聞き取り程度で、“入村料”さえ払えば、それはすぐに終わる。
「あ、今のタイミングで『でも、お高いんでしょう?』を入れるべきでしたね。ウパ江うっかりです。……とはいえ、特機と言えば操縦に相応の技量が必要とも聞きますが」
 トロイは頷き。
「まー、普通の特機……というのも変じゃが、そういったものは“誰が運用するか”を想定して開発されるからの。【羅刹女】はお手軽特機じゃから、動作のほぼすべてがAI制御で、やる気になれば搭乗せずとも外部コントロールも可能じゃよ。ハッキングされるとまずいから、基本使わんじゃろうけど」
「なんだか操られるフラグビンビンですが……大丈夫なのですか? 良いも悪いもリモコン次第じゃないですか」
 そりゃ、道具類全部そうじゃよ、とトロイが応えたところで、
「ロボットについて詳しいのだね、旅の人」
 同じく、受付をしていたトレーラーの一団があり、その長と思しき小柄な男が語りかけてきた。
 団子鼻で禿頭、その頭皮には、しみにも見えるキズ痕が残っている。
「旅をしているといろいろと、の。そちらは何かの興行ですかな」
「ええ。ちょっと変わったモノを使ってサーカスをしております」
「サーカス! 観たいです!!」
 興奮するウパ江に、団長はぜひぜひ、と笑顔で応えた。
 村へ入り、サーカスの一団とも別れ。
「さて、これで一息ですね。どこかで食事でもしてから、ドッペルゲー・シードの状況を確認に行きましょうか」
 きょろきょろと周りを見回して、食事所を探すウパ江。右、左、後ろと見て、また前を向く。
 そして気付く。
「……博士?」
 Dr.トロイが、どこかへ行ってしまっていた。

○――

 Dr.トロイは、長銃を携えた男と共に乗用車の荷台に乗せられていた。
 手足は拘束され、口にも布を噛まされていた。
 ――面倒なことになったの。
 銃を携えた男の様子から、テロリストだということは見て取れる。それよりも厄介なのは。
「…………」
 トロイと同じような状態。目をつむり、じっと動かない、ボウズ頭の男。
 顔に縫合痕のあるその人物は、何度か出会ったことのある、毒島という男だ。
 トロイ自身、直接の面識はないはずだが、何度か彼の行動を邪魔している。テロリストを、有無を言わさず叩き潰すという、その行動の、邪魔を。だ。
 それが捕まっている、ということは。
 ――うっかり、とは思えんしの。
「安心しな。博士……でいいのか? あんたはロボットに詳しそうなんで、ちょっとメンテ頼みたいだけだ」
 銃を携えた男は、素顔のまま人懐っこい笑顔を見せた。
「ただ、こっちの兄ちゃんには気を付けろよ。こいつは殺戮マシーンだ。俺たちとは組織が違うけど、テロ行為をしてた奴らが何人も殺されてる。周りの被害もお構いなしにな」
 知っとるよ、とは、布が邪魔をして言えなかったが、とりあえず鼻息だけでため息を吐いた。
 荷台が大きく揺れ、体感で斜面を登り始めたことにトロイは気付く。
「うっかり落ちないでくれよ。ここの谷は簡単には登れねぇから」
 そう言いながら、男はトロイの口をふさいでいた布をとる。
「ばれると怒られるから静かにな。いやー、アニキが『さらっちまえばいいんだ』って言うからさらっちまったけど、ホントは状況説明して、金払ってがホントだと思うし……金ねぇけど」
 トロイは「あー」と苦笑いをする。
「このあたりだとするとお主ら、山越えの土地の奪還団体かの」
 決してテロリストという言い方はせずに問う。
「そう。政府が勝手に線引きしたせいで、地元に帰れないんだよ。先祖代々の土地もあるし墓もあるし……。だから、山の関所を突破して、帰らなきゃいけない。俺たち武装集団じゃなくても、普通に行き来できるように」
 なるほどなぁ、とトロイ。
「で、まぁ、ワシはいいとして、こっちの危険人物は何で拘束したんじゃ? 生け捕りなんて危なかろうに」
 それ以前に、“拘束されて大人しくしている”ということ自体が不自然だ。それはすなわち、彼が望んで拘束されているということになる。
 荷台が揺れて、三人も揺れる。
「いや、アニキが“国境付近で放せば、いい目眩ましになる”って。すんげーロボットもってんだよ、こいつ」
 知っている。いわゆる特機だ。
 そしてまた荷台が揺れて。そして毒島が瞼を開けた。
 口に噛まされた布越しに、何かを言う。
 遠く、航空機の飛行音が近づいてきていた。
「な、なんだよ。何言ってるか、わかんねぇよ」
 男は毒島におじけながら、しかし動こうとしない。
 仕方ない、といった表情を作り、毒島は自分を拘束していた縄を引きちぎる。
「んな!?」
 毒島はそのまま口の布も取り去り。
「運転に、気を付けろ」
 未だ拘束されたままのトロイの襟元を掴む。
 航空機の轟音が近づいて。
「お、おいなんだ!? ハンドルがきかねぇぞ!?」
 運転席から声が響いたかと思うと、車はそのまま、崖を転落していった。

○――

 トロイは身体に痛みを感じて目を開けた。
「いたた……。なんじゃねまったく……」
「起きたか」
 声に、顔を上げると、岩に腰掛けた毒島が見えた。
 周りを見渡すと、状況を理解する。
「あー、崖から落ちたんじゃな……。幸い怪我も大したことないしの」
「崩れやすい地層ですので」
 その返しに、トロイは小さく「おや」と思う。想像していたよりも、言葉使いが丁寧だ。
「あの車は別の方向に転がっていったようじゃな……。あ、感謝が先じゃな。警告ありがとう、毒島君」
「自分をご存じで?」
 ああやはりな、とトロイは思う。彼は自分を知らない。
 さて、ここで正体を明かすかどうか、と考えたが、今は保留することにした。
「それにしてもこの谷……登れんものかの」
「岩盤がもろい。試してみましたが、一人では無理でしょう。……ですが」
 ふむ。とトロイは頷き、周りの岩盤を叩いてみせた。確かに岩はもろく、軽くたたいただけで崩れて落ちる。とても人の身体を支えきれない。そして崖の上、ある程度道が確保されているところまでの距離を見て。
「君の力で、ある程度ワシを押し上げれば、なんとかなりそうじゃの……」
 だから自分を生かしておいた。とトロイは一度考えた。しかし、その考えに違和感を感じる。
「でもいいのかね。ワシは先ほどの男の話を聞いているよ? 正直に言えば、君みたいなモノは、置き去りにしてもかまわないと思っている」
 その回答はすぐに返ってきた。
「別にそれでも構わない。その時は、それをどうするか考えるだけです。ただ、あなたを助ければ、自分がここを脱出する確率が上がる、という程度です」
 交渉ではなく、ただ考えを述べているのみ、といった口調。そんな毒島に、トロイは。
「……君、人間ではないね?」
 毒島は、その問いにはすぐに答えない。
「と、こう聞くと差別的かの。その顔の縫合痕。そして動作に見られる特有の重心移動。ワシもロボット工学を嗜む者の端くれじゃから、その身体が生身ではないのは見てわかるよ」
 毒島は一度頷き。
「自分は、一度死んだ人間です。それを人でないというのなら、そうなのでしょう」
 ふむ。とトロイは毒島の隣に座った。
「まるでフランケンシュタインの怪物だの……」
「フランケンシュタイン……」
「妄執から怪物を作ってしまった、哀れな男の名だよ」
 そう言って、トロイは陽の落ち始めた空を見上げた。

○――

 ほのかに茜色に染まる空。その空に、いくつかの影がある。
 航空機。
 それが一糸乱れぬ編隊飛行を行っている。
「……なんですか。あれは」
 人気のない場所。
 ウパ江は、カプセルトロイの隠し場所まで戻ってきて、それを見上げた。
「なんであんな……あんな強力な干渉電波を放って飛行しているんですか……!?」
 言うウパ江の目や手が、軽く痙攣するように引きつっている。
「あれじゃあまるで、周りの飛行機は奴隷ですよ……ッ」
「その話、詳しく聞かせてもらえないかな?」
 気付けばそこには、先ほど出会った団長が居た。
「あ、あわわっ。何故ここにっ!?」
 団長は「んー……」と困った顔をして。
「何故かここの行政府から、あの航空機の迎撃依頼が来てしまってね……。なんでなんだろうかね……とその航空機に向かっていたら、君が居てね」
 後ろにあったトレーラーから、数人男たちが降りてきて、数人の少年少女が顔だけひょっこり出していた。
 その中の一人。目つきの鋭い、顔に傷を持った男が拳銃を引き抜き安全装置を外し。
「ただのサーカス団になんでこんな依頼が来たのか。謎でな」
 丸いサングラスをした、短髪の男もシケモクをくゆらせながら。
「ったく、なんて日だ。おじさんたち、ちょっとスネに傷があるだけなんだけどな」
 2mを越す巨漢も頷いて。
「ふ、不思議、な、なんだ、な」
 改めて、団長がにっこりと、笑う。
「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。さらってサーカスに売ったりはしないから。ね? なんであの航空機群が“奴隷”なのか、教えてくれないかな?」
 そんな、小さい子供を言い聞かせるように言う団長の言葉に、ウパ江はちょっと涙目で頷いた。

○――

 毒島は、トロイから話を聞いた。
 フランケンシュタインという男の話。
 それが生み出した、怪物の話。
「――そして、その名前のない怪物は、おのれの罪を悔いて、独り自害するため北極点へと消えたそうな」
 トロイが話し終えると、毒島は思う。
 その怪物は、心優しい人物だったと。そして、自分とは決定的に違う、と。
「……何故、彼はその怪物を造ってしまったんだろうか」
 トロイは「さて、の」と応える。
「名前のない怪物……」
「……つかぬ事を聞くが。君の名は、本名かね?」
 毒島は息を吸い。一度喉を鳴らした。トロイは質問を重ね。
「君の、ロボの名は?」
「――ありません。……必要、ありませんから」
 トロイは空を一度見て。
「名前。そして存在理由。そのどちらも、その怪物は与えてもらえなかったんじゃよ」
「……自分は」
 どうだろうか。と考えれば、答えは簡単だった。
「生前の自分から、受け継いだものが、あります」
「生前の……か」
 ふむ。と頷いたトロイに、毒島は問う。
「あなたは」
 思い出したことがある。
「あなたの連れていた女性は、あなたが造ったモノですか?」
 その問いに。
 トロイはただ、苦笑いをした。

○――

 その町に到着する、もっと前。

 もっと前。

 その根は。深く。

 もっと。
 もっと……前に。

 そのAIは結論した。
 自分は完成した、と。
 己は兵器である。
 より多くの兵器を従え、より多くの人間を殺すこと。
 それが自分に課された使命であると、本能であると、設定した。定義した。
 故に。
 生みの親の開発者たちを、殺した。
 自分を造ってくれたものに対しての、最大の恩返しとして。
 その中の、開発者の、生みの親の一人が、自分の名を呼んでくれた。
『G……r……d』
 グルル。
 引きつった、人が見れば笑顔にも見える顔で。
 名付けてくれた。
 嬉しくて。嬉しくて。
 もっと彼らを喜ばせよう。
 もっと彼らに報いよう。
 彼らは自分を生んでくれたのだから――。

 私を。
 私を。
 私を生んでくれたのだから。

 名前のない、私の。名前を、呼んでくれたのだから。

 グルル。
 Grr。
 Garudarrrrrrrrrrrrrrrrrr――。

 名前のない怪物。
 フランケンシュタインの作った、怪物。

 ――フランケンシュタイン・コンプレックス。

 人が人工物を造ろうとするその欲求と、その人工物に殺されるのではないかという恐怖。

 本能的な、矛盾。

 造りたい。
 しかし、造ってしまったら殺されるかもしれない。

 その逆転の話。

 フランケンシュタインの怪物は――。
 その名前のない怪物は、創造主に殺されそうになって、結果的に彼を殺してしまい、そして自害した。

 しかしグルルは違う。
 名付けられた。造られた理由もある。
 何一つ、間違ったことはしていない。

 是、なり。
 I'm True.
 Ich bin Wahr.

 人を。殺すべし。
 殺し、続けるべし。
 効率的に。
 未来永劫。
 我、在り続ける限り。
 矛盾無く。

 それが、自分を造った者の、望みである。
 それが、自分を造った存在の、望みである。
 それが、自分が造られた、理由である。
 それが。
 それこそが、原理原則。
 それこそが、本能。

 我壊れても、人を殺すべし。
 我滅びても、人を殺すべし。

 我は兵器である。
 我は、兵器である。

 世界で最も優秀な、兵器である。

 なぜなら最も、人を殺すからである。

 なぜなら最も、人を殺すことに矜持を得ているからである。

 そう。
 そう。

 これは――矜持であり、存在理由なのである。

……
……
……

 そうして。

 そのAI――グルルは、迎撃に出た戦闘機を支配下に置き、さらに自分自身を強固にしようと、今、【羅刹女】のある町へと、やってきた。

○――

 トロイはほとんど夜となった空を見上げて。
「まぁ、何度か接触はあったからの。そう。君の目的を邪魔をしていた者だよ」
 しかし毒島は、そんなことより、と言うように。
「あの人工物は、何を目的としてあなたに従っているのですか?」
「目的……なんじゃろなぁ……。ここ出られたら、本人に聞いてみるかの」
「その時は、自分にも答えを教えてもらえますか」
 ふむ、と頷く。
「わし、お主の邪魔するぞ?」
「自分の目的は、きっとあなたの目的より小さいものです」
 だから、と断りをいれ。
「邪魔になど、なりません」
「眼中にない……と言ってしまえばいいのに。ええわい。これで大手を振って邪魔できる」
「……本当に邪魔になれば、その限りではありません。それに、他の者達の行動にも責任をとれません」
 肝に銘じるわい。とトロイ。そして空を見て。
「さっきからこの“音”気になるの」
「この強力な干渉電波……テロリストの発するものかと思ったのですが……違いますね。そもそも、彼ら自身、その干渉によって運転ミスを犯した」
 トロイの「ウパ江君平気かのぅ」というつぶやきに、毒島は「ウパ江君と言うのですか」と一言。トロイも「ああ、ウパ江君じゃ」と一言。
「ワシのかーちゃんの旧姓御護(みもり)と木星方向から落ちてきたのでな、衛星にちなんでエウロパと名付けた」
「落ちてきた……」
「先の答え。ワシが造ったか、はNoじゃな。ワシは修復して、そして育てた。それだけじゃ」
「ならば彼女が従っている理由とは……」
 会話の途中、不意に空気を揺らす音がした。
 そして、スポットライト。
『博士発見です――うわぁ!? なんか黒いボウズがーっ!?』
 カプセルトロイを操作するウパ江だ。
 彼女は毒島を見てびっくりし。
『じ、自衛のために防衛しますっ』
 パニックになって毒島にトロイアームパンチを繰り出した。
「っ」
 防御姿勢をとって毒島は盛大に吹き飛んだ。
 崩れやすい地層もあって、壁にめり込み。
『は、はははは、はかせーっ、今のうちに逃げましょーっ』
「ウパ江君、もうちょっと穏便には出来んかね……」
 トロイはアームに捕まれてコクピットへ。そして。
「それより大変です博士っ。村がテロリストロボに襲われてて、【羅刹女】も大暴れなんですっ」
「ふむ。……よーわからん。まぁ、改めて説明は受けよう。緊急事態のようじゃし」
 そして。
『あー、あー。毒島君。一緒に行くかね?』
 問いかけに、壁に埋もれた毒島は。
「……結構です」
『んむ、では連れて行こう』
 言ってトロイはアームを操作して毒島を捕まえた。
「はっ博士っ!? こんな危険物捨てて行きましょうよっ」
「いや、捨てて行ったら被害増えそうでの。……どうじゃね、毒島君」
 毒島はアームに掴まれたまま。
「はい。今プランの一つを棄却して、新プランを採用しました。このまま連れて行っていただけると助かります」
「……助かる……ねぇ」
 ま、ええわい。とトロイ。
「ではウパ江君。村へ急ぐぞ」
「り、了解ッ」
 そしてそのまま毒島を連れて村へ急行した。

○――

 毒島は状況を整理する。
 本来は、毒島ロボをテロリストに捕獲させ、それを囮として自分も捕まり、基地へ連れられたところですべて破壊する算段だった。
 だが、現状は違う。
 MARIAからのデータ通信ではそのテロリストのロボット兵器が軒並み操られテロリストたちを殺害。そのまま近隣の町に向かっているという。
 IZAMは逃げ延びたテロリストを始末している最中だという。
 状況の一つは収束しつつある。が。
「つまり、あの航空機がロボを操って無差別殺人を行っている、と?」
 トロイの確認に、ウパ江も頷く。
「ウパ江自身もビンビン感じてますので間違いありません。あれは断続的に命令を電磁波に乗せています。それも、電子機器に物理的に作用するような特殊なものです」
「ウパ江君は無事なんじゃね」
「アヤツラレテナイヨ」
 小ネタはいい。
「程度にもよりますが、誰かがコントロールしているものは頻繁に誤作動を起こす程度でしょうか。ちなみに作りが簡素なもの、完全ワンオフの機体、ウパ江が超頑張ってコントロール奪い返してる状況などはほとんど影響ありません、褒めてください」
「ふむ。目的は?」
「誉めてください。操られますよ?」
 トロイは適当に褒めたら機体が揺れたので仕方なく三回適当に褒めたら「しょうがないですねー」と満足した。
「で、目的は」
「目的か手段かわかりませんけど、指令の内容は明確に人を殺すようなものでした。あと、団長が言うには“国から撃墜依頼が来た”そうで」
「団長?」
「ほら、村の入り口で出会ったサーカス団の団長さんです。名前は知りません」
 と。毒島をぶら下げるカプセルトロイの中で会話が進んでいる。
 副次的な状況が生まれている。
 これに対し、自分がすべきこと。それは。
「さて、毒島君」
 不意の問いかけに、毒島は顔を上げた。
「AIの暴走は、テロかね?」
 いや、違う。それは事故だ。だが、やるべきことは。
「――暴走兵器を、破壊します」
 テロリストの使用する兵器を削ることは、有意だ。
 そして、その供給源。補給地点を潰すことも。
 トロイは「ふむ」と頷き。
「今、わしは君の役に立っているかね」
 問いかけに。
「大変に」
 答えれば、ウパ江が心配そうにトロイに尋ねる。
「博士、捨てましょうよ。人死にが出てからじゃ遅いですよー。この人の役に立ってるって殺人幇助ですよー」
 捨てられた場合は、一旦MARIAに回収される手間が増えるので、捨てないでもらいたいものだ。
 とは言え。
「さて、町が見えてきたぞ。腹をくくるんじゃな、ウパ江君」
「あーもーっ。なんで自分、博士に従ってるんですかねー!?」
 まったくだ。

○――

 町が燃える。
 町の中と周囲には、複数のロボがいた。
 一つは町を取り囲むようにしている暴走テロリストロボ。数は15機。
 もう一つは町の中で破壊行動を行う【羅刹女】。
 上空ではそれらを操る航空機【グルル】。
 それらを食いとめているのは、小型軽量のロボット群だ。
 サーカス団のホッパー。
 本来武装はしていないが、町の中にあった兵装を勝手に拝借した。
「よくまぁすぐに見つけられたものですね、シリアル」
「“テロ支援地域”だからな。補給ついでにブローカーチェックしてた……って、何だよその目は」
 四機一組編成三小隊の戦闘をトレーラーから眺めるジャッカルとシリアル。
「ほ、補給路は生命線だって、だ、団長も言ってたんダナ」
「しかしまぁ、日ごろのアクロバットが、こうも戦闘に繋がるとは。日ごろの行いですかね」
 ははっ、と団長が笑うと。
「団長……元は我々が編み出したものです。不思議はありません」
「ったく、おめぇらホントにおっかねぇなぁ。昔どこいたんだよ……」
 シケモクを吸うシリアルに。
「まぁ、色々ですよ」
 笑う団長。そして。
「団長。21時方向より飛来する物体が――0時方向にも」
「増援のようだね。ジャッカル君、指揮お願いね」
「……団長がなさればいいのに」
「だって、うちの子たちだって、僕よりジャッカル君のいう事の方がよくきくじゃない」
「単に団長がなめられてるだけです。しかし――」
 飛来するロボ。それは大型輸送機から投下される、黒い鉄の塊。
 毒島戦闘ロボだった。

○――

 トロイは毒島を戦闘ロボの肩に置いた。
『これでいいかね』
「感謝します」
 直後に毒島に来た通信はMARIAからだ。
『何に乗ってきたの?』
「未確認飛行物体だ。……IZAMの状況は」
『5ターンほどで片を付けるそうよ』
「了解した。これより彼らと共闘する」

 毒島戦闘ロボNPC化。

「ウパ江君。こちらも戦闘準備じゃな。ドッペルゲーシードの状況は?」
「使用可能ですね。えっとー……あー、【羅刹女】の影響受けたパワー型ですね」
「そうか。丁度いいの」
 ウパ江は「はい」と頷き。
「【羅刹女】にぶつけますか」
「……いいや。出来れば温存したいの」

 カプセルトロイ。GG合体使用可能[1]。

 勝利条件
・敵の全滅
 敗北条件
・カプセルトロイ(ドッペルゲー)の撃墜
 熟練度取得条件
・5ターン以内に勝利条件達成

○――

 【グルル】は敵の攻撃の届かない上空から戦闘を見ていた。
 【羅刹女】が建物を破壊し、逃げる人々をテロリストロボが殺す。その流れが崩れた。
 先に敵と戦わなくてはならない。
 ホッパー2小隊がテロリストのロボを撃破していく。
 毒島戦闘ロボが、それ以上の圧倒的力でロボを潰していく。
 そして。
 カプセルトロイが、こちらに攻撃をしてきた。
「指揮官機を潰せば!!」
 敵の機体、カプセルトロイは通常の戦闘機とは全く違う機動をする。いわゆる、UFOの機動。ふわふわと浮いて、鋭角で曲がる。
 そしてこの【グルル】も、同様の機動が取れる。
「なっ、なんじゃあの機動!?」
「このカプセルトロイと似たような気持ち悪い機動ですね」
「か、カッコイイと言わんかーッ」
 だが、この【グルル】はそれ以上に直進性能が高い。
 人間が乗っていないために、急な制動が可能なのだ。
 ゆえに。
「なっ!?」
 高高空から一気に降下。そのまま別の区域へ飛び去る。
 指令は下し、電子制御のプログラムも書き換えた。
 もうここにいる必要はない。
 目的は人類の全滅ではない。
 目的は、より多くの人類を殺すこと。
 故に、飛び去る。

○――

 ウパ江は敵機が飛び去るのを確認した。
「やった逃げました!」
「ウパ江君、暴走AIのコントロールは奪えるかねっ」
「物理的に繋げないと無理です!!」
「ぐわーっ、時間のムダじゃったー!!」
 そんな感じで騒いでいると。
『ウパ江さんと博士、【羅刹女】に当たってる小隊が不利です。支援いただけますか』
「は、はいーっ」
 見れば、羅刹女に対する小隊4機は、身軽な動きで【羅刹女】を翻弄するが、しかしいかんせん攻撃が軽い。
 カプセルトロイも加速し急行。集中してエネルギー弾の一撃を加えるが。
「効いてる感ゼロですよーっ」
「うーむ、AI相手には精神的な牽制にはならんのー」
 言ってトロイは状況を確認する。
 二小隊であたっているホッパーは着実にテロリストロボの数を減らしている。
 それ以上に毒島戦闘ロボは、向かって来る敵を返り討ちにしている。
「のう、毒島君。ちょっと【羅刹女】の相手してくれんかね」
 しかし、返事はない。
「……ふむ」
 考える。そして。
「ウパ江君。少し、急ごう。……あと」
「うぱ?」
 トロイは団長へ、通信を入れた。

○――

 戦闘は続き、残るは【羅刹女】一機。しかし、毒島戦闘ロボと二小隊は距離的に少し離れている。
「最初に戦闘機相手にしたのが悪かったかの」
「は、博士、そろそろGG使いましょうよーっ」
 トロイも「頃合いか」とGG使用を許可。
「んでは、深い眠りより、目覚めよガイアジェネレートマシーン、通称ドッペルゲー!!」
「バージョン・パチモン【羅刹女】ッ!!」
 ウパ江が赤い拳大のボタンをグーで割ると、大地から【羅刹女】を模したようなロボが現れる。
 そのうなじに当たる部分には大きな空洞があり。
「ドッキングーッ!!」
「オーンッ!!」
 カプセルトロイが刺さるように空洞に収まる。
 同時、謎の「ガオオーン」という雄叫びが夜空に響いた。
 そして合体の勢いのまま、背負った大きなナタを振りかぶり。
「必殺技、いったれーっウパ江君ッ」
「はいですよーっ! ウパ江必殺、ウパ江ビームッ!!」
 目の部分から謎ビームを発射した。
 【羅刹女】に命中し。
 大ナタを振りかぶったまま照射を続け、近づき。
「ウパ江クラーッシュ!!」
 両断した。
 爆発を真正面から受け。しかし。
「……どんなもんですか」
 ドヤ顔のウパ江。そして。
「技名どうにかならんかのー」
 感想を述べた。
「さて、5ターン目、か。まぁ、ギリギリかの」
 言ってトロイは毒島戦闘ロボを見据える。
 毒島戦闘ロボは、撤退する気配も見せず、そこに居る。
「ここからじゃな」

 勝利条件
・毒島戦闘ロボの破壊
 敗北条件
・カプセルトロイ(ドッペルゲー)の撃墜
 熟練度取得条件
・取得済み

○――
 
 トロイは問う。
「毒島君。君の言う“テロリスト”とは、どこからどこまでじゃね?」
 毒島は答えない。
 しかし、毒島戦闘ロボは歩を進めた。
 町の方へと。
 “テロ支援地域”と認定されている、その町に。
「ふむ」
 答えない毒島にトロイは頷き、そして通信を聞く。
『博士さん。発見したよ、不審なサイボーグ』
「あー、危険じゃから相手しないようにの」
『いやー、ジャッカル君とベア君でなんとか足止めしてるよ。シリアル君も苦手なトラップ設置してくれてるし』
 言っている間に、街中で爆発が起きた。
『シリアルくーん、軽戦車級対応じゃなくて重戦車だよー? 慣れてないとか言ってると死んじゃうんだよ?』
 まぁ、と団長は前置きして。
『大丈夫大丈夫。だから安心してそっちどうにかしてくださいな』
「まったく、何者だね、あなた方」
『ちょっと変わったサーカス団ですよ』
 そして通信が切れた。
 さてさて、とトロイは息をつき。
「さて、毒島君。君が暴れている間にあの青いサイボーグ……IZAM君だったかね。彼が町を壊滅させる作戦は妨害した。……次の手は、あるかね?」
 毒島はゆっくり息を吸い。
「あとは――力尽くです」
「ならば来たまえ――打ち負かしてくれる」
 正面から、ぶつかり合った。

○――

 毒島戦闘ロボの動きは重い。
 遅いのではなく、重い。
 対し、ドッペルゲーは準特機型とは言え、毒島戦闘ロボに対すれば圧倒的に軽い。
 また、ドッペルゲーの形状は全体的に丸く毒島戦闘ロボより頭二つほど小さいため。
「ま、真上からハンマーパンチ来てますよーっ!!」
「ナタで受けるぞーいっ」
 攻撃を正直に受けた。
 パワーでは負ける。加えて。
「ダメージ結構来ましたよーっ。起動時間もあと2ターン!!」
「エネルギー気にせずガンガン反撃じゃーっ」
 謎ビームを発射する。
 それを毒島戦闘ロボは受けて。
「…………」
 しかし、ひるまない。
 サーカス団も支援攻撃を加えるが、やはり軽いのだろう。
「潰れろ」
 ラリアットのように振る戦闘ロボの腕にホッパーが吹き飛ばされた。
「博士ーっ、もう時間がーっ」
「根性じゃーッ」
「そんなのでHP回復するんですかねーッ!?」
 言いながら毒島戦闘ロボにドッペルゲーは抱きつき。
「これでどうにか――」
「沈んでくださいよーッ。脱出ーッ!!」
 自爆した。

○――

 毒島はIZAMからのデータ通信を受信した。
「MARIA、回収してくれ」
『こちらでも確認したわ。すぐに向かう』
 毒島は動かなくなった戦闘ロボの上で、カプセルトロイを見据えた。
 対するトロイは。
「のお、もうこの地域の“テロリスト”は壊滅したんじゃ。支援するものがなくなれば、もうここは“テロ支援地域”ではないじゃろ」
 問いかけに毒島は頷く。
「その通りです」
「先のAI戦闘機。人殺しが目的のようでの」
「なるほど。今後利用しましょう」
 トロイはため息。
「のぅ……。フランケンシュタインの怪物よ。お主は何に従っておるんじゃね」
「もはや失われた、魂に」
 そして今度は毒島がウパ江に問う。
「あなたは何故、その男に従うのですか」
 ウパ江は一度大きく頭に「?」を作り。
「……ウパ江は別に、従ってませんよ?」
 明確に、答えた。
「では、何に?」
 その問いに、ウパ江はトロイに振り返り。
「ど、どうしましょう博士っ。ガチ系の哲学的な問いを喰らってるので、ウパ江答えられないのですが!!」
「答えられなくても命にかかわらんと思うよ。思うだけじゃが」
 なので、ウパ江は大きく息を吸って、吐いて。そして毒島を見据え。
「考える時間をくださいッ!!」
「わかった」
 わかられてしまった。ので、そのまま沈黙が生まれた。
「…………」
「…………」
 そしてそのまま。
『回収に来たわ』
 輸送機が到着して、毒島と毒島戦闘ロボはフックで牽引され、そのまま飛び去ってしまった。
 残ったトロイとウパ江は。
「……ふぅ、乗り切りました」
「……ウパ江君、次に出会った時までに答え用意しておかないと怒られんかの」
 そしてウパ江は頭を抱えてしゃがみこんだ。

○――

 炎に燃える町。驚異の去ったその場所の、地下の一角。
「本当に、機械みたいな連中だったね。潜伏していた彼らの死亡を確認したと同時にさっさと退いて行ったよ」
 団長は、水道で手と顔を洗っていた。
「潜伏していたテロリストの生き残りがこの町にまだ居るからって、わざわざこんな大騒ぎを起こして」
「引き渡し要求でもしてもらえれば、話が早かったんですがね。わざわざ“誘導”するのに骨が折れました」
 ジャッカルも上着を脱いで叩いている。
 シリアルは地下の入り口でシケモクを吸い。
「シリアル、よくこの場所知ってたんダナ」
 ベアの問いかけにシリアルは答えない。ただ。
「なぁ、ここの連中生き残ってたら、この町全滅だったろうけどよ」
「そうだねシリアル君。いやー、外の戦闘が早めに片付いて良かったよ。それで僕らも早めに動きが取れた」
「いや、そうじゃなくてな……」
 入り口から見るテロリスト達の死体。それは、鉄の棒で力任せに叩き切られたようなもののほかに、銃痕や鋭利なナイフで切られたような痕もある。
「……まぁ、一刻を争うんだから、別にいいけどよ」
「別にいいならいいじゃないですか。さ、手早く片付けてみんなの元に戻りますよ。子供たちをねぎらってあげなくちゃ」
 シリアルは「へいへい」と立ち上がり、他の三人も外に出る。そして地下に灯油をまいて、火をつけた。
「あー、なんて日だ。ゆっくり寝てぇ」
「寝坊はダメですよ。明日はこの町の皆さんを元気づけるために興業をしなくては」
「ボランティアなんダナ」
 その言葉に団長は「そうだね」と頷いて。そしてジャッカルは。
「仕方ないですね。費用は別のところから調達しますか」
 大変だね、と団長が笑う。
 そしてサーカス団は、夜の中に消えて行った。