広く、高い空間。
 その広さに天井や壁などは闇に落ちている。
 そこに巨大な扉がある。
 豪華に装飾されたその扉は、重厚な音と共に開かれた。
 そこに居たのは一人の鬼。
「いやすまぬ。遅くなった各々方ッ」
 武王鬼だ。
 対するは、
「暗鬼羅王の御前である。慎め」
 至王鬼。
「ですから私は言ったのです。もう少し早く出るべきだ、と」
 崇王鬼。
「作戦会議に遅刻だなんて。何かいやらしいことでもしていたのかしら」
 艶王鬼。
 四震王鬼だ。
 そしてその奥には。
「構わぬ。何ゆえ遅れた」
 暗鬼羅王の巨体が、闇に呑まれるように玉座に座っていた。
「おおっ、丁度ネズミを一匹見つけたのでな」
 ひょい、と後ろから取り出すのは。
「うへへー、つかまっちったー」
 へにょへにょと笑う、ノイエン・サキュバスだ。
「また捕まえたの? 虫取りが好きね、武王鬼」
「そうですわ、ノイ。もっと自然に入り込みなさいな」
 艶王鬼の言葉に続けたのは、その隣にいる翼をもった女性。サーキュレット・サキュバスだった。
「おおっ、姉の淫魔も捕えておったか!! 誰の手柄だ?」
「……手柄ではない」
 不機嫌そうに至王鬼が腰の直刀を抜く。
 その動きでサキュの首は飛び。
 しかし。
「あら怖い」
 次の瞬間には、暗鬼羅王の肩に座っていた。
「殺したところでまた発生する……捨て置いたまで。――が、それは無礼が過ぎるぞ、害虫風情がッ」
 低く、押し殺す語調に、ノイがガクガク震え、サキュも「あら失礼」とふわりと床に降りて、至王鬼に三度ほど殺された。
「善い。至王鬼よ」
「御意」
 至王鬼は刀を納め、サキュも一息ついて黒い六角錐の石の上に座った。
「む?」
「なんですの? 私また殺されてしまいますの?」
「いや」
 至王鬼は言葉を止めて、しかし艶王鬼が続けた。
「その石。こんなところにあるのは違和感ないかしら」
「そうですの? この程度のオベリスクどこでも見ますわよ?」
「……いわれて見れば、"どこでも"見るかしら」
 艶王鬼の納得に、至王鬼は暗鬼羅王を見上げ、しかし暗鬼羅王は何も言わない。
「気になるなら私崇王鬼が調べましょう。聞けば【モノリス】という石版も地上にはある様子。その亜種であったならば、なにがしかの利になりましょう」
「おう、そうだな。ほれ、淫魔の姉よ、どけどけ」
 言って武王鬼は、
「ぬんっ」
「ひゃっ!?」
 一抱えほどもある【オベリスク】を簡単に引き抜いた。
「頼んだぞ、崇王鬼よっ」
 そして崇王鬼に投げつけて。
「ひゃあ!!」
 避けて【オベリスク】は闇の方へと転がった。
「あ、危ないですよ武王鬼!! 私はデスクワーク派なのですからねっ」
 まったくもう……と【オベリスク】の転がった闇の先を見る。
 するとそこには玉座と思われる豪華な椅子がぽつんとあり。
「……私の神殿を破壊しないでいただきたいものね」
 そこには黒い衣装をまとった黒髪の女が肘をついて座っていた。
「し、侵入者!? なぜ誰も気付かなかったのです!!」
 女の背後から骨だけになった巨大な蛇が顔を出す。しかし女は慌てずため息をついた。
「それはこちらの台詞です。鬼に……夜魔の類ですか。このエレシュキガルの神殿――いえ、冥府に何の用です」
「貴様こそ鬼羅党に何のようだ」
 至王鬼とエレシュキガル。その間でノイエンが二人をきょろきょろ見て。
「こ、ここどこぉー?」
 半泣きになった。
 その言葉に艶王鬼がくすりと笑い。
「ねぇ淫魔。この城の内装。どう見える」
 サキュは空中でぐるりと見回し。頬に人差し指を当てた。
「素敵なお城に見えますわ? 何でですの?」
「いいのよ。――少し、わかったかしら、ね」
 楽しそうな艶王鬼を、至王鬼は不機嫌に横目で見る。
「全く、何事かはわかりませんが、この侵入者は艶王鬼に任せますよ」
 崇王鬼は、言って「よっとこいしょ」と【オベリスク】を背負う。
「全く。私は肉体労働嫌いなんですよ……。さて、研究室に運びますよ。扉を開けてくださいな」
 言えば扉が開き、崇王鬼は奥へと去っていく。代わりに入ってきたのは。
「艶王鬼様ーッ。艶王鬼様は居るでキー!?」
 「何かしら」と顔を向けるとそこには。
「全裸の女が城の中をウロウロしていたでキー。艶王鬼様の仲間かと思って連れてきたキー」
「あら、エレシュキガル。やっとたどり着いたわ」
 全裸のイシュタルが居た。
「姉さま!? ま、また全裸で!! ほんっと、何なんですかあなたは!! アタマおかしいんですか!!」
「何言ってるのエレシュキガル。私は、私こそは、美と、性と、光の女神!! その召し物を分け与えて喜ばぬ門番などおりません」
「要するに、買収されたのね……」
 イシュタルのように全裸ではないが、それに近い露出の艶王鬼が案内してきた鬼を睨み、その鬼は逃げ出した。
「それで。なんですか姉さま。私は今忙しいのです。この侵入者どもに――」
 見ればイシュタルはノイエンに抱きつかれてすりすりされていた。
「おねえちゃーん。この人すごいよー。すっべすっべでつるんつるんでぷりんぷりんなのーっ。超エロ女神ーッ!!」
「わかる? わかるのね? うふふふー。そうよ。私こそエロ美神なのよーっ」
「ノイ、そんな全裸イコールエロとか思ってる女神相手にしては、淫魔としての格が落ちますわ」
「あら? でもあなた達よりは艶があるわよ。仕草にね」
 と、エロ談義が始まり。
「貴様ら――」
 至王鬼が。
「暗鬼羅王の御前である」
 刀に手をかけ。
「しゃんとして、部外者を排除し、会議を進めんかーッ!!」
 怒りの抜刀斬りを放った。

○――

 広いホール。
 照明は薄暗く、しかしミラーボールが輝く室内。
 ピンク色の長椅子に、ガラスのテーブル。
 その場所に、鬼や淫魔、女神は居た。
「追い出されてしまいましたわ」
「まぁ、いいんじゃないかしら。ちょっと思い立ったこともあるし」
「おお、何だ艶王鬼。力を貸すぞ」
 艶王鬼は「ふふ」と笑い。
「淫魔とエロ女神と私たちの夢の競演。そう、スーパー妖艶大戦、よ」
 その単語に。
「わー、楽しそうー!!」
「乗りましょう。世界を私の愛で満たすために!!」
「……仕方ありませんわ。興味はありますもの」
「理解した。我も手を貸すぞ、艶王鬼!!」
 一人あまり理解していない鬼と。
「……私は遠慮するわ。バカバカしい」
 不機嫌なエレシュキガル。
「そもそも、姉さまは何故また冥界に? 夫も誰も来ておりませんよ」
「ああ、それなんだけどね。私、死んで肉体失っちゃって」
 ぴくり。とエレシュキガルの顔が引きつる。
「ね? お願い。お姉ちゃんの顔を立てて、肉体を復活させて? ね?」
「馬鹿ばかり言わないで欲しいですわッ。なんで毎度毎度私が姉さまの後始末ばかりッ!! 一度だってあなたが私の為に何かしたことでもあります!?」
「えー、ごめんね、記憶にないなー」
「こ・の・あ・ね・はーッ!! そんなだから我々の神としての復権が進まないのですよ!? 自覚なさってます!?」
 怒りに震えるエレシュキガルを、艶王鬼がなだめ。
「まぁまぁ。だったら今回役に立ってもらったらいかがかしら」
「……それは、どういうことかしら」
 艶王鬼は笑う。
「女神さまは肉体を得る代わりに、冥王さまの言いなりになる。そして今回の作戦は、人間たちの『精』を抜き取るもの――最初から精魂の行きつく先にあなたが居れば、そこからは……ね?」
 ふぅん、とエレシュキガルも唸って。
「悪くない。……そう悪くないわね。何より……姉さま?」
「うん?」
「私の為に働いてもらうけど、いい?」
 昏い問いに、イシュタルは笑顔を返し。
「もっちろん!! 可愛い妹のためだものっ。一肌でも二肌でも脱ぐわッ!!」
「その前に服を着てください、姉さま」
 艶王鬼はデュフフと笑い、満足そうにあたりを見回した。
「さぁて、あとは『場所』の問題ね。どうしたものかしら」
 すると奥から、一人の男が現れた。
 紫色のジャケットに、緑のシャツ。オレンジの長髪は、襟足で二つに括られていた。
「そこで登場俺様ちゃん」
 にやりと笑うその顔は。
「あ、あなたは……ッ」
 サキュの問いに機嫌よく。
「そう、俺様ちゃんこと、この空間の主。“望む者の前に現れる扉”のドアマン!! 北欧神話最大のトリックスター!!」
「……誰ですの?」
「ロキ様だーッ!!」
 半ギレで叫んだ。

○――

 広い空間。
 暗鬼羅城の玉座に、今は二人しかいない。
 暗鬼羅王と至王鬼だ。
 至王鬼は念波を受信し。
「王よ。作戦はまとまりました。いささか不安もありますが、好きにさせようかと」
 見上げた先、暗鬼羅王は心ここにあらずと言うように空を見つめていた。
「……先ほどの無礼、私の不徳の致すところ」
「……至王鬼よ」
「は」
 至王鬼はこうべを垂れて、言葉を待つ。
「主には世界がどう見える」
「世界……ですか」
 考え。
「……王の、御心のままに」
 暗鬼羅王はその答えに息を大きくついた。
「そうだ」
 身動きを一つとり。
「見るもの次第が真の世界。――なぁ、至王鬼よ」
「御意」
 問う。
「……先ほど、我が前に、何が居た?」
「……王よ。それはどのような意図でありましょう」
 しかし暗鬼羅王は玉座に身を沈めてそれには答えない。ただ、大きく息を吐き。
「我はまだ、この狭き世界から出られぬか」
 目を閉じ、眠りについた。

 その周辺。至王鬼の周りにはある【オベリスク】は、暗鬼羅王の周りには一つもない。

○――

 謎の広い空間。
 広い大地に、ピンク色の空。
 そこにぽつんと、大理石造りの神殿がある。
「それじゃあ、俺様ちゃんが改めて作戦の説明するぜー」
 おーっ、とその場で声を挙げたのは、艶王鬼とイシュタル、そしてサーキュレット・サキュバスだ。
「先ず俺様ちゃんの扉で“願望を持つ者”を呼び込む」
「あとは私たちで神殿に誘導」
「そこで“精”を搾り取って、地下に溜め込む、と」
「人類の弱体化と戦力増強。両面作戦なのですわね」
 ロキは笑顔で「オッケーちゃん」とサムアップした。
「で、あなたの利点はなんですの? ロキ」
「今さらか? 知ってんだろ、俺様ちゃんは人間観察が大好きなんだ」
「存じておりませんけど……まぁいいですわ」
「あとは冥府の女神さまにヘルを引き合わせたかったってのもあってな」
 まぁ、その辺は上手くやるわ。とロキ。
「さぁてそれじゃ、“あの部隊”のやつらが出て来たら万々歳だ!! 骨抜きちゃんにしてやろうぜぇ!!」
「お任せあれっ!! このエロテロリスト、イシュタル様の魅力で、メロメロよーッ!!」
 今回はちゃんと服を着たイシュタルが、意気揚々とパッションピンクの扉を開けた。
 そこには。
「テロは許さん」
 ボウズ頭のカウンターテロリスト。
 発砲。
 イシュタル死亡。
 扉を閉めた。
「――はぁ、はぁっ。な、何だアレ。人間ちゃん怖えぇよ!!」
「エレシュキガル聞こえますこと? 御宅の姉、また死にましたけれど、そういう芸ですの?」
「あらあら、淫魔姉とネタかぶりでお怒りね」
 そういうことではなく。とサキュがツッコミを入れると、イシュタルが生き返った。
「妹にめっちゃ怒られましたわ……。しばらく扱き使ってあげるから覚悟しなさいとか言われちゃった……」
「あれは事故よ」
「私たちの力が干渉し合って、時空を超えてギャグ世界の毒島を召喚してしまったようね……」
 念波で「お姉ちゃんすごーい」など声が飛んでくるが、いつもの事なので気にしない。
「……よし、気を取り直して。あの部隊の、エロイことが好きそうな奴ら引っ張り出すぞ」
「カモン!!」
「それだとジャックが来なさそうですが……まぁいいですわ」
 開けた。
「あら、何かしら。シンノスケ、新しいお店?」
「おうレーイチ。なかなか良い雰囲気の店だぞ!!」
 ビンゴ。
 藤間零一と、黄道慎之介だ。
「あら、いらっしゃい」
「んふっ、いい身体の子が来たわね」
 その相手を見たレーイチとシンノスケは。
「鬼と淫魔と……あと半裸のパツキンチャンネェ!?」
「あらやだ、あたしたちの願望駄々漏れだったかしら。相手してくれるの?」
 それに対して艶王鬼は笑い。
「もちろん。そのつもりで呼んだのだもの」
 二人は諸手を挙げて「わーい」と奥の神殿に駆けて行った。
 しかしその途中振り返り。
「やべっ、早く扉閉めろッ」
「げぇッ。逃げるわよッ」
 ロキは言われるまま扉を閉めた。
 扉の向こうでは、女子二人の怒り声が聞こえたが。
「よっしゃー。んじゃお姉ちゃんたちとたっぷり遊んでくるぜー」
「多少の罠だってかまわしないわよー。それまでおいしい思いさせてもらうから」
 二人の反応に。
「人間ってひでぇナァ……」
 ロキの言葉に艶王鬼も笑みを返す。
「さて、次々呼び出しましょう」
「お次は誰さまちゃん?」
 開ける。
「……なぁ、拓ちゃんよ」
「なんだ、神田」
 神田修一と、佐藤拓。剛希望メンバーだ。
「半裸のチャンネェがいっぱいいるが、それ以外で気になる事があってな」
「ああ、一人は鬼っぽいな」
 艶王鬼を見つめ。
「やはり気になるか」
「ああ。――いい店を紹介してくれてありがとう」
「構わんさ」
「醍醐が居なくて正解だな。確実に騒いでいた」
「だろう? ……両国先輩呼ぶか」
 神田の問いに。
「いや、既に来ている。なにやらとても良いスッキリスポットのニオイがしたのでな。ついでに」
 両国竜吉が、クリム・アーチャーを小脇に抱えて現れた。
「お前も好きだろう。クリム」
「いいんですかっ、マジ。一緒させてもらって。……うわっ、淫魔がいるっ、エロっ」
 謎空間のせいか、淫魔の気によるものか。皆一様に思考がエロ方向に傾いている。
「じゃあクリム君はうちの妹に相手してもらおうかしら」
「はいっ、食後の感想とかナシの方向で!!」
「団体さんごあんなーい」
 そしてぞろぞろと神殿に向かう隊員たち。
「にしても、あまり効率よくありませんわね。……一般市民にも手を出してみますの?」
「おっけー。じゃあもうちょっと扉を大きくしてやるぜー」
 ずんっ。と扉が巨大化し。
「さぁて、どれだけの“精”が集まるかしら、ね」
 鬼が笑った。

――○つづく