△▼まえがき▼△
サキュ「さて、そういうわけで、おまけと言う名の本編ですのよーっ!!」
ジャック「本編は本来、水着できゃっきゃうふふする予定だったんですけどねぇ」
サキュ「そういうわけで、おまけと言う名の本編ですのよーっ!!」
ジャック「……なんでそんなに気合い入ってるんですかねぇ……」

△▼本文▼△
○――

 夏の夜。
 ダムの向こう。小さな祠のそのわきに、白い影が立っている。
 ワンピースの、脚のない女。
 澤を見下ろす、祠に一人。
 らわって世界を眺めている。

○――

 昼。ダムの脇の祠に、一人の男が向かっている。
 カナデ・ジンバ。
 対モノリス研究施設の職員の一人だ。
 彼は強い日差しと深い木の影の道を、交互に一歩一歩進んでいた。
「あれか」
 木陰から、祠が見えた。そしてそのすぐ横に、一人の女性。
「あれ? ジンバさん」
 ニワ・タンゲだ。
「おう。作戦の下見か?」
「いえ、お願い事が叶う、とかいう噂があるんで」
 そこまで言って、むひひと笑ってジンバに寄っていく。
「ジンバさんこそー。お姉ちゃんとのデートの下見ですかー。うはーっ、関心ですッ!!」
 一人でテンション上げるニワに、ジンバも。
「……おう」
 図星なので頷くだけだ。
 しかし。
「お前は……」
 それでいいのか、とか、嬉しいのか、とか。ほかに感情はわかないのか、とか。色々と何か言いたくなり、どれを言おうが迷って言葉を詰まらせていると。
「ん?」
 真っ直ぐ見つめ返してきた。
 なので。
「別にいい」
 視線を逸らして祠へ向かう。
 見れば、祠の周りは整理されていて、見晴らしもいい。
 足元、少し離れてはいるが、澤がある。
「真夜中だとさすがに不安だな」
「あ、地元の祭りで使う照明器具借りてます。年に数回使うので、電気も通ってます」
 耳を澄ませば、澤よりも強い水の流れが聞こえた。
「落差があって滝壺みたいになってるところもあるみたい。泳げるんで、部隊のみんなとか訓練に使うとか言ってたかな」
「そうか」
 と頷いて、一つ思い出す。
「夜は俺らも、浴衣または水着だったな」
「あ、今お姉ちゃんの水着とか想像しましたね。このすけべー」
 「違う」とため息。続けて、
「お前のだよ」
 と言いそうになって、やめて、自責の念に駆られる。いや。
 ――貧相な身体で似合わんだろうな、とッ!!
 脳内で言い訳をする。が、いかん、考えれば考えるほど、自分がむっつりだと自覚してしまう。というか、もう、疑問じゃなくて具体的なビジュアルが脳内に浮かんだのでむっつり確定な気がする。
 などと、脳内一人むっつり裁判が繰り広げられ始めたので、一つ呼吸を整えて。
「部隊の奴ら、“水中装備”以外の水着、持ってるのか……?」
 誤魔化した。

○――

 日邦国鋼希望隊員と、ラングマリー基地隊員は、滝壺を挟む形で向かい合っていた。
 鋼希望の教官、高名あつ子はその滝壺の上。少し高くなった場所で、白と黒のワンピース水着の上に、白のパーカーを羽織って立っていた。
「それではこれより、鋼希望・ラングマリー基地合同訓練を行います」
 直後、挙手が起こった。不動醍醐だ。
「質問よろしいでしょうか!!」
 その背後では「おおっ」だの「勇者だ」だの「いけっ、ガチ遊びOKか聞け」だの「向こうの子ナンパしていいかお願いっ」など飛び交っている。
「質問は許可してません。完全に浮かれムードですが、これも任務のうちだと思ってください」
 任務は本当。訓練とは名目だけのお遊び交流会なのも本当だった。
「では、思う存分浮かれ遊び、死ぬほど英気を養ってください。――以上」
 その言葉に、鋼希望隊員から「罠かな」「遊んだらマジしめられるパターンかな」とひそひそ始まったが、質問が許可されなかったので遊ぶ以外の選択肢がない。
「では、続けて私から」
 と前に出たのは、ラングマリー基地の城薔薇狼獅だ。
 彼女は緑のツーピースに、上から透けるほど薄い白のワンピース。そして麦わら帽子だ。
「こちらも基本は同じだ。ケンプ隊は別動なので、メンバーはクリムとアイザック博士、あとレンくらいだがな」
 と、ロシを含めて四人いるはずのメンバーが一人足りない。
「おい」
「……クリム、子供が迷子にならないようにちゃんと見ていないとダメだろう」
「おい、こっち見ろ」
 小学生にも見えるアイザック博士が、藍色の短パン水着白衣という謎の格好でロシに呼びかける。
「あのー……自分、レン少佐探して来るので、さきに博士と一緒に準備運動を……」
「子ども扱いするな!! 準備運動なんてなくたっていける!!」
 と、何やら話が地すべりしはじめたので。
 ――何かすっごい恥ずかしい……ッ。
 鋼希望側はあんなに統率がとれているのに。などと考えていると、どうにも鋼希望側がざわついている。
 見れば、水面にぷかり、と何かが浮かび。
「……くらげ……」
 レンだった。
 それを見て、皆無言。
 満足そうなレンの視線の先、滝壺の上に目をやる。と、そこには御護・エウロパ、通称ウパ江が居り。
「――d(´・ω・`)」
 とかやっていて、レンもそれにサムアップを返したので。
 なので。
 ロシはまずウパ江を滝壺に撃ち落し、流れるウパ江を逃げようとしたロシ共に投網で捕獲し引き上げて、ゲンコツを喰らわせて正座させて、タバコに火をつけて10秒くらいで一本を吸い潰し。
「――やっぱり山の空気はうまいな……」
「おい、現実見ろよ」
 子供に突っ込まれた。
 その通りだな、と思う。もう始めてしまえば、あとは好きにやってくれればいい。
「それでは――」
 あーもう、さっさと終わってしまえ。
「解散!!」
 素で間違えた。

○――

 そして夜になり。
 ――“無事”、作戦は終わる。

○――

 ニワ・タンゲは、浴衣姿で山道を早歩きで抜ける。
 ――無事データも収集できたし。ジンバさんも向こうに行ってるのかな。
 疑似の祭りは、そのまま夏祭りとして続行中で、部隊の仲間も一部を除き自由時間だ。
 ――でも、ジンバさんお姉ちゃんと一緒だし、こっちには来ないかも。
 そう思うと。少しさみしい。
 そう思うのは、姉と一緒にいられないからか、ジンバと一緒にいられないからだろうか。
「一人はさみしい」
 そういうことなのかな、とも思う。
 気付けばダムの祠まで来ていた。
 今は咲いていない桜の樹の下に、一つの白い影がある。
 ワンピースの女性だ。
 日傘を差していたので、顔は見えないが、おそらく部隊の人ではない。
 会釈だけして、ニワはその前を通り過ぎた。

 ひとりは さみしい

 ふと。言葉が聞こえた気がして。
 しかしニワは、部隊のみんなの元へと、急いだ。

○――

 ライトアップされた滝壺の中央。そこに、紫の髪の女性が浮かんでいた。
 水中ではなく、空中。水面に素足をちょん、とつける形で居るのはサーキュレット・サキュバスだ。
 そしてその足元。水中でピンクの髪を揺らしているのは。
「くらげー」
 ノイエン・サキュバスだ。
「ノイ、そのネタはさっきやられてしまいましたわよ」
 とため息をついて、そしてあたりを見回す。
 そこには交流と称して、好き勝手遊ぶ鋼希望やラングマリー基地隊員ほか、民間協力者などが居り。
「……不甲斐ないですわ」
 んもぅ、と鼻を鳴らした。
「そもそも、私たちが出現したのに、誰も騒がないなんて、どういうことですの?」
 それを、滝壺の淵で聞いていた撫子は、小さく挙手をして。
「いつだったか、人類の敵ではない……的なことをおっしゃっていませんでしたか?」
 水垢離をする時のような衣装をまとっているが、その下にはストライプのワンショルダー水着も着ている。
「それはそれ、これはこれですわ。それに、淫魔ですのよっ。夜のこんな男女が肌をさらしてきゃっきゃうふふの現場に、淫魔ですのよ!?」
 見れば少し離れた場所でスミレが「なんですか?」とメガネを直して睨み返して来るが、水遊びの場に電子端末持ち込んで仕事とか、その水着は飾りか、と。
「嘆かわしいッ!!」
 はぁ……と応える撫子に、サーフ型パンツを履いた醍醐が近寄り。
「相手にしてると調子に乗ります。ほら、妹バスもそこ深いから危ないぞ」
 注意を促す。ノイもえへへと笑って水中から空中へとあがり――。
「あらあら、透け透けですね」
 後ろで剛希望隊員が「醍醐グッジョブ!」「赤フンじゃないけど醍醐グッジョブ!!」「醍醐今から赤フンだグッジョブ!!」とか始まったが、最後は何だろうか。
 ともあれ。
「醍醐様も、案外むっつりなのですね」
 と撫子が楽しそうに笑うので。
「むっつりじゃねぇし。もういっそ脱いじまえ。風邪ひくから」
 と返す。
 それに反応したのが、剛希望の守衛部隊佐藤拓だ。
「神田。醍醐が全裸の方がエロイと言い出したが、どう思う」
 問われた遊撃部隊神田修一は頷き。
「醍醐はヘンタイだな。濡れ濡れスケスケが一番エロい。これは真理だろ」
「ありがとう神田。僕のセンスが一般とずれているかと不安になったんだ」
「それはこっちの台詞だ佐藤。全裸より濡れ濡れすけすけシチュを否定した醍醐はこれから異端審問にかけなきゃな」
 など始まったので、ノイは。
「えー? じゃあ服は着たままでいるねー。ふえー、ぶるぶるー。さーむーい。誰か温めて~」
 二人の方へふらふらと。二人で「ぜひ!!」と両手を差し出し、睨み合ってバトルが始まるまで0.3秒。その隙に遊撃部隊の柊千草がノイのふらふら飛ぶ進路を変更。ノイはそのまま山の中に。進路上にクリムが居る気がするが気にしない。我に返った二人は「女神が消えた!?」と気付きバトルが再開されたが、隣で千草が「まったくもう」と肩を落としたことに気付いていない。
「ノイー、あまり吸い過ぎないようになさいなー」
 と声をかけると、すぐにノイが戻ってきて。
「ただいまー。あんまり絞れなかったー。なんかねー……うっすいのー」
 不満そうに言って辺りを見回す。が、男性陣は視線を逸らす。
「なんでー。ノイちゃん不人気ー?」
 ショボンとしだすノイに、赤白ストライプのワンピースを着たレーイチが一言。
「食後の感想がなけりゃ、是非なんだけどなぁ……」
 言って、ロクナに蹴り飛ばされて澤に沈んだ。

○――

 高名あつ子は滝の上で、腰を掛けて部隊員を眺めていた。
「羽を伸ばしているようで何よりかしら」
 それは本心だ。しかし。
「見てもらうのも恥ずかしいものだけど、見てもらえないのも、それはそれで寂しいものね」
 目の傷をそっとなでる。
 普段はサングラスをして隠しているが、夜はさすがに外す。元より自分が気にしているわけではなく、他人に気遣いをさせないためだ。
「失礼。隣、よろしいですか」
 ふと、声をかけられる。ロシだ。
 その姿は水着姿で、肌を大きく露出している。その肌は傷だらけで、それより気になるのは腰の――。
「喜んで」
 しかし、それらを隠そうという気は、ないようだ。
 隣に腰を掛ければ、すぐに煙草を取り出し。
「どうです? 一本」
 高名はジェスチャで不要と示した。
 ロシは煙草に火をつけ。
「……感情のオン・オフが出来ている、良い部隊ね」
 煙を吐き出した。
「そちらは個性的で……」
「いや、あれは違う部隊の混成。ウチのはケンプ達が、まぁ信頼のおける身内部隊かしら」
 言葉に、タカナは多少の違和を感じたが、それよりも気になることがあった。
「大変な戦場に行かれていたのですね」
「ん? ああ、これは違う。これは事故の火傷。こっちのが戦場の傷」
 言いながら、煙草を吸い進めて。
「気を使いそうなのが居るんでこっちに逃げてきた。タカナ教官も同じじゃない?」
 苦笑いをする。
「教官というものが、ここまでイメージ作りが重要な立場だと思わなかったのは事実ですね」
「イメージね……。私は教え子が上官になったのがショックかな……」
 教官あるあるですか……とタカナは思ったが、どうにももっと複雑な感情のようだ。
 それはそれとして。
「その腰にぶら下がってるのは、何ですか?」
 そこには、白と青のビキニを着たレンがぶら下がり。
「……教え子が上官になったのがショックかな……」
 遠い目をした。

○――

 ニワは闇の中を歩いていた。
 確かにみんなの声が聞こえて、そっちに向かっているはずなのに。
 光が見えて、笑い声が聞こえるのに。
 暗い。
 闇の中、いつまでも目的の場所に辿り着けない。
 不安がある。
 闇への恐怖ではない。
 心細さだ。
 ひとりはさみしい。
 だから早く合流したいが、しかしたどり着けない。
 気持ちだけが逸る。
 早くいかないと。
 早くしないと。

 ――なんで?

 わからない。けれど、焦る。
 あそこにいる二人と、早く合流したい。
 二人と。
 彼と、彼女と。
「…………」
 足が止まる。

 ――ねぇ。

 空を見る。
 暗い夜を見る。
「二人の間に、私、入れるのかな」
 不安がある。
 いつまでも、目的の場所には辿り着けず。
 ただ、空を見上げた。

○――

 ジンバは澤で語らっていた。
 相手はニワの姉。ヒヨリだ。
 正直、デート前は非常に緊張していたが、喋り始めたら案外話が合う。
「それでね、ニワったら緊張で楽譜やぶいちゃって」
「ああ……やりそうだ。目に浮かぶ。そういえばこの前紙コップを握りつぶしていたけど、案の定緊張か」
「あー、緊張ほぐそうとして飲み物持ってきて、ドジるの相変わらずかー」
「注意はするんだけど、逆にドジるから最近は放っておいてる」
「面倒見てあげて!! そこは面倒見てあげて!!」
 と、会話が途切れない。
 正直自分は口下手だと思っていたが、いつの間にやら会話レベルが上がっていたようだ。人の成長というものはすごい。
 ヒヨリも、ニワの姉ということでどんな危なっかしい感じの女かと思えば、真逆の頼りになる自立した女性という感じだ。
「ニワは心配で仕方ない」
「あー……カナデ君。それは違う」
 ん? と思う。
「ニワは心配してもらいたいわけじゃない。そこまで弱くはないよ、カナデ君」
 そう、笑いながら言うので。
「それは失礼。その通りだ」
 笑った。
 辺りは不意に騒がしくなる。滝壺のある淵に目をやれば。
「はーい、それでは『第一回川魚を手づかみで捕まえていたら水着に入っちゃってきゃっ☆冷たいっ選手権@淫魔杯』を始めます!!」
 はじめんなそんなもん。

○――

 『第一回川魚を手づかみで捕まえていたら水着に入っちゃってきゃっ☆冷たいっ選手権@淫魔杯』それは。
「それではルールの説明をしますわっ!! 川魚を手づかみで捕まえていたら水着に入っちゃってきゃっ☆冷たいっを如何に自然に、如何にエロく、如何にアクロバティックに行えるかを競う競技ですのっ!!」
 淫魔姉、サーキュレット・サキュバスは説明しながら、辺りを見回す。
 ――い、居ますわね、AAA=Jack!!
 すっとぼけて、離れた場所でニコニコ様子を見ているが、ブーメランパンツに白マントは結構変質者っぽいと思いますの。と素直に思う。
「わー、お姉ちゃん賢ーい。これでじゃっくんにアピールしつつ、この場の全体的な雰囲気を淫靡に持ってく訳だねー。すっごーっい」
 妹が騒ぐので。
「ち、違いますわっ。じゃっ、じゃっくなんて眼中にありませんのよ? た、ただ、全体的にこう……そう、みんなじれったいから、背中を押したいだけですわっ」
 答えたら、場が静まり返った。
「あ……ら? みなさんもっと盛り上がって。んもう、シャイなんですから」
「あんたがだよ」
 とアイザック博士がうっかりつぶやいたので、部隊のみんなが彼を縛って退場させる。まぁ未成年なので仕方ない。
「では、栄えあるトップバッターは!?」
「アタシの出番のようねッ。うっふんっ」
 出てきたのはレーイチなので。
「カエレ」
「ファッションほもはノーセンキューです」
「自分ダサカッコイイと勘違いしてるイタイ人は全滅するべきかと」
 野次だけで撃沈した。
「さあ、次。次ですわっ」
 とは言え、誰も参加しようとしないのであたりは静まり。
「あー……えっと……」
 撫子が、静寂に耐えかねてきょろきょろしだし。
「は、はいっ!! わ、わたしがっ」
 と挙手をした。

○――

 あれは何だろう……。
 素直にジンバは思う。
「滝の淵で魚を手づかみで捕まえて、胸元で抑えて、キャーキャー言いながら横のバーベキュー部隊にサカナをパス……普通に楽しいキャンプかな?」
 ヒヨリの冷静な分析に、ジンバも素直にそう思う。
「たぶん、ちょっとエッチな感じにしたかったんだろうけど、全体的に芸術点が低い感じかな……」
「何かすごい勢いで魚三匹くらい獲ったのいたけど、あれどっかの姫さんとか言ってなかったか?」
 まぁ、亡国の姫なのでサバイバリティ高いのかもしれない。
 それにしても。
「……ニワ、遅いな」
 その言葉に、ヒヨリは苦笑いにも似たものを作る。そして。
「“呼んで”みたら?」
 そう言うので、素直に。
「おーい、ニワー。はやくこーい。祭り終わっちまうぞー」
 闇の中へ、投げかけた。

○――

 声が聞こえる。
 どこかで聞いた声が届いて。

 いつの間にか、自分は歩いていて。

 いつの間にか自分は――

○――

「ああ、来た来た」
 気がつくと、目の前にジンバが居た。
 横には姉のヒヨリもいる。
「あれ?」
「あれじゃない」
 デコピンをされて。
「遅い。そろそろ祭りも終わりだ」
「ひーん、ごめんなさいー」
 「怒ってんじゃない」とジンバ。「心配してたんだよね」とにひひと笑う姉。
「し、失礼なっ」
 言って横に並ぼうとする。と。
「心配かけるのが悪い。行くぞ」
 前に出られてしまった。
 ――やっぱり間には入れないか。
 そう思った時に。
「ほら、何してる。行くぞ」
 身体は前を向いたまま、手を出された。
 姉が後ろに回って両肩に手を置く。
「え、あれ?」
 戸惑うが、手を握る。
「んじゃーしゅっぱーつ」
 あれあれ、という間に。
 祭りの。光の中に呑み込まれてしまって。

 不安はいつ消えたんだろう。

 よくわからないが、でも。
 手の温かさを感じ。
「しゅっぱーつ」
 みんなの中へと入って行った。

 ――後ろに、白い影を引きつれて。

○――

 ジャックは高みの見物をしていた。
 淫魔姉妹が相変わらずなのは相変わらずなので相変わらず放置していたが――。
「ああ、案の定」
 ジンバがニワの手を引いて、滝の淵へとやってくる。
「皆さん私たちも混ぜてくださーい!!」
 元気に言った、その後ろ。
「うぱ? そちらの方は?」
 と背後を指すので、ニワは「姉です」と元気に答える。しかし、ロクナは顔を真っ青にして。
「お、おば――」
 ニワが「?」と後ろを見ると、白いワンピースの女性。
「あ、さっきの祠の――」
 言いかけ、気がつく。
 脚がない。
 よく見れば、顔ものっぺりとしており、口の部分だけがぽっかり穴が開いたように真っ暗で――。
 そこに至って。
 皆、顔を見合わせて頷く。
『出た――ッ!?』
 一斉に逃げ出す。
 撫子だけが首を傾げ、一礼をして去って行ったが、彼女は“アレ”の本質を察したのだろうか。
「やれやれ……ですね」
 そこに至って、やっとジャックは件の“幽霊”の元へ歩み寄る。
「正に“怪異”なんですが……サキュさんたちも似たようなものなのに、見事にみんな逃げましたね」
「半分はノリでしょうね。普段から鬼だ宇宙人だと戦ってるんですもの」
 遠くで「博士ー、今晩一人でおトイレいけません~ッ」だの「レーイチ。べ、別に怖くないけど、手、繋いで寝ていい?」とか始まったので、まぁ勝手にしてほしい。
「さて――それはそれとして、です」
 ジャックは改めて“怪異”を見る。
「状態は安定。まぁ、それはそうですよね。“昔からこの湖を見守る祠の精”ですから」
 “怪異”は「にたぁ」と笑い、身体を揺らす。
「ムカデから白蛇、そこから人へと、受け継がれたとみていいんですかねぇ」
「何の話ですの?」
「いえいえ。あなた達もちょっかい出す気がないようで何より」
 鼻で笑えば。
「この“怪異”自体、もう欲望の塊ですもの。かつての姿は知りませんが、一体何を願ったらこんなものになるんでしょう」
「さぁ?」
 人間は複雑なんですよ。とジャックは笑う。
 気がつけば、白の怪異も消えていた。
「ではジャック。次回はもっと本気でやり合いたいものですわね」
 言えばすでにジャックは消えていて。
「なんなんですのっ。んもぅ」
 ぶいっと膨れてサキュも消えて。
 そしてそんな二人を眺めていたノイも消える。

 残ったのは祭りの残滓と――。

『ひとりは さみしい』

 空に響く言葉。
 祠の脇に立つ、怪異の声。
 その祠の上には、季節外れの桜が咲いて。

 想いが沈み、一人では浮かばれないのなら。
 重い足など捨ててしまえばいい。

 二度と想いに沈むことのないように――。

 …………。

 闇の中にいた少女は、今は手を引かれて、自ら目を瞑って走っている。
 何も、何の不安もなく。

 軽い足取りで。

△▼あとがき▼△
サキュ「あとがきですわーっ!!」
ノイ「あとがきなのーっ!!」
ジャック「何ですかね、このテンション……」
サキュ「というわけで、『夏に咲く桜』のパラレル展開ですわ」
ジャック「正確には、その後の世界なのでパラレルではないのですが、まぁ」
ノイ「えっちなこと出来て満足ー」
サキュ「ふふん。ジャックも私のみりきにメロメロでしたわねっ」
ジャック「あの程度でノルマ果たしたつもりですか……」

 とまぁ、そんな感じで。