――あなたはなぁに?
なにに なりたかったの?
「私は皇女。カタチだけではなく、人の役に立ちたかった」
――あなたは なれた?
ひとの やくに なれた?
コウジョ のカタチを 捨てられた?
「私は――」
○――
ピンクの空の下。サキュがロキに問う。
「とはいえ、あまり大物は掛かりませんわね。無双王の操手とか呼び出せませんの? あと、ジャックとか」
「この扉、呼び出すわけじゃなくて、求める者の前に現れるだけだからなー」
ふむ、と艶王鬼も唸り。
「ちょっと真面目な子を呼び出せるように調整とかできるかしら」
「オッケー。やってみるぜー。さーて、何がかかるかなー」
イシュタルもテンションあがったのか、
「真面目な子大歓迎!! 私の神殿で超ハッピーにしてあげる!!」
扉が開く。
「ほう、オリエンタルの神殿ですか」
壮年の男性。ウキョウ・シプレバだ。
「確かに。原初、女性の最初の職業は娼婦だと言われています。これは神殿勤めの巫女がその役を担い、かつては神聖とされたその――」
閉めた。
「……さて」
「もう少しゆるくしましょう」
「ですわね」
ええい、今度こそ、と開けば。
「ん? 何だこれ」
意中の不動醍醐。
そして。
「あら、奇妙な雰囲気ですね」
「醍醐、ここはどこ?」
撫子と春香さくらだ。
「あら、余計なものまで連れてきちゃったわ」
ゆったり笑う艶王鬼。
「お前はッ!?」
「ええ。四震王鬼の一人。艶王鬼よ」
そして。
「淫魔、サーキュレット・サキュバスですわ」
「女神、イシュタルよ」
「ハザマ探偵ロキ様だぁ!!」
見渡して。
「……なんだこの集団」
「神話関係……ですか?」
「鬼などさっさとつぶしてしまえばいい」
言ってさくらは銃を取り出し、イシュタルに一発。
「ぐえー」
サキュに一発。
「ぐえー」
バタバタ倒れ。
「残るはあなただけよ」
直後、背後から手が回る。
サーキュレット・サキュバスだ。
「あら物騒ですわね。この"場"は、そうではありませんのよ?」
するりと背後から顎と腰を手に包む。
それに対し。
「…………」
さくらは無言。
いや、無言と言うよりは。
「……つれないですわ」
鬼しか眼中にない。
拗ねた淫魔は、視線すら寄こさないさくらの頬に軽くキスをして。
「その表情筋、ほぐして差し上げますわ」
さくらが気付けば、その身体は肉の触手に包まれていた。
「春香ッ!?」
醍醐が叫ぶがすでに遅い。
春香さくらは、サーキュレット・サキュバスによって何処かヘと連れ去られてしまった。
「お前ら、春香闘士をどうするつもりだっ!?」
醍醐の問いに、魔神の者共は。
「あの子は甘いから……本当に顔面のマッサージだけかも、ね」
「全身マッサージの上で、表情筋エステかも知れないわね」
『やんっ、お姉ちゃんエステティックテクニシャンーッ!!』
一人テンション高いが、醍醐にとっては完全に幻聴だ。
「醍醐様。彼の淫魔に悪意は感じられませんでした。おそらく、身体に危害はないかと」
「でもね――私には害意はあるの」
艶王鬼がぬらりと嗤って腕を一つ動かした。
その動きと共に鬼の一般機体が現れる。
「邪魔な無双王。ここで潰しておきたくて、ね」
ならば。と醍醐。
「呼んでやるぜ。無双王!!」
召喚される無双王。そして。
「私の那由他もあれば……」
仰いだ先に、杵のような形をした撫子専用機・那由他があった。
「これは……」
「あー、やっべっやっべ。“扉”開けっ放しにしてたから、簡単に呼べちまったなー、と」
ニヤニヤ笑うロキ。
その表情に、醍醐や撫子は罠かといぶかしんだが。
「愉しんでるわね、貴方」
「当たり前だぜー? 人生はたのしい。たのしいたのしい他人の人生、人のせい。俺様、カミサマチャンにはわからん世界。――だから愉しくてなぁ」
ついにはヒャハっと声を上げるロキ。
「さぁ、まずは小手調べ。仕込みはまだまだあるんだ――ラグナロクまでの暇つぶし、付き合ってくれ、な?」
対するは無双王と那由他。
「好き勝手言いやがって! だったらその仕込み、全部ぶち壊してやる!!」
「醍醐様、那由他に武装はありません。回復機能と索敵のサポートをうまく利用してください」
「応」
○――
敵:暗鬼羅機兵×8
勝利条件:敵の全滅
敗北条件:無双王および那由多他の撃墜
熟練度取得条件:2ターン目プレイヤーフェイズまでに敵を3機以上倒す
○――
無双王は、三機目の敵を倒す。
「どうだっ。お前らのたくらみは全部打ち砕く」
「醍醐様、神殿に多数の人の反応が」
見ればレーイチが気の抜けた顔で手を振っている。
「くっ、精気の抜けた顔。なんてひどい」
「醍醐様っ、那由他で保護いたします」
那由多は神殿に移動して。
「さあ皆様、助けに――」
瞬間。神殿は消えて景色もおどろおどろしいものに変わった。
「まさか」
気付いた時には遅い。
「きゃぁぁぁぁぁっ」
拘束された。
「撫子っ!!」
「おっと残念」
無双王の眼前。逆さまに空中に立ったロキが手で制する。
「王の相手は別にいる。そのための、仕込みちゃんなのよ」
どうぞ。とロキが退くと、そこには武王鬼専用鬼機が立ち。
「一騎打ちのつもりか」
「否」
武王鬼機が両の拳を打ちつけた。
直後、地面から闇のようなものが立ち上り、武王鬼機を包む。
「感謝をするぞ、艶王の、そして淫の神魔ども!!」
そしてそれが晴れると、闇の鎧を追加で得た武王鬼機。
「これぞ、艶装武王鬼機!! さぁ、打ち合おうぞ、無双王!!」
その覇気とも妖気ともとれない気迫に気圧されそうになる醍醐だが。
「そんなコケ脅しに――!!」
踏み込む。
「無双旋風!!」
正面から当たる。
しかし。
「がははははっ!! 大したものであるな!! 艶王の!!」
見るからに、ダメージが回復した。
言われた艶王鬼はポーカーフェイスで黙っているだけ。なのでロキが笑う。
「なんせ、連れ去った人間ちゃんの精気吸い取って回復させてるからナァ!! 攻撃すればするほど、人間ちゃんはゲッソリちゃん!」
「何でそうやってヒントばかり与えるの……。それ暗に、供給源を突き止めろと言ってないかしら?」
不満そうな艶王鬼に。
「だってさ、奴にはもう捜索能力ないじゃん? 何のためにわざわざ索敵機まで呼んだと思ってんの?」
それは。
「希望を見せて、取り上げる。その時の顔が、行動が。足掻きが――楽しいと、思わねぇ?」
さぁ。とロキが笑う。
「まだ足掻くかい。王」
○――
艶装武王鬼機は常にHP回復。
勝利条件:???
敗北条件:無双王の撃墜
熟練度取得条件:獲得済み
○――
撫子は闇の中で思う。
私は役に立てたのかと。
敵の術中にはまり、今は無力。
私は、何だったのだろうかと。
思う。
そもそもは。
皇女である自分も役に立ちたいという思いからだった。
皇女としての役割は理解しているつもりだ。
しかし、それ以上を望んだ。
その結果が、今だ。
ならば。
余計なことなど。思いなど。なければ。
醍醐の今の状況は、なかったのだろうかと。
そう思う。
――あなたはなぁに?
なにに なりたかったの?
「私は皇女。カタチだけではなく、人の役に立ちたかった」
――あなたは なれた?
ひとの やくに なれた?
コウジョ のカタチを 捨てられた?
「私は――」
闇の中。
足掻き。手を伸ばし。
気付く。
闇の中で気付かなかったが、すぐ近くに。
「さくら……さん?」
春香さくらが、淫魔に顔面マッサージをされていた。
結構されるがままに。
○――
打つ手がなく数分。不意に醍醐に通信が入った。
それは那由他の撫子から。
『醍醐様ッ、那由他の位置から右に2、下に5の位置に自在錫杖を――』
そこで通信が切れた。
「わかった!!」
醍醐は迷うことなくそこに自在錫杖を突き立て。
「どうだっ!!」
空間が、割れた。
その向こうには冥府の神殿があり妖気に包まれている。その一点から艶装武王鬼機へと目に見える形でエネルギーが送られ。
「破ッ」
破った。
「ぬぅ!?」
同時、武王鬼機の艶装が砕け散り、反動で武王鬼機にもダメージが入る。
「見事!!」
騒動に、神殿の奥からエレシュキガルが現れ。
「見事……じゃないわよ!! 私の神殿!! ちょっと姉さま何してますの!?」
イシュタルは死んでいる。
「ほ、ん、と、にもーっ!!」
怒りの形相でイシュタルを生き返らせ。
「この出張冥府での狼藉……許しませんわ」
肩に乗っていた骸骨の蛇がずるりと蠢き。
巨大化した。
「ほら姉さまもッ!! 戦力をはやく!!」
「えー、まだ生き返りざまにー?」
「い、い、か、らッ」
ブーブーいいながら古代戦士のようなロボット兵を呼び寄せ。
「あ、ノイちゃんもー」
ついでに土くれから陶器でできたような人形が複数現れる。
「多勢に無勢……だな、人間ちゃん」
「くっ」
万事休す。そう思った瞬間だ。
『いや。――多勢に多勢だ』
妖しい空に、声が響く。
見れば巨大な崖のような、異空間都市が出現する。
「ジーユゥ。ムネモシュキャノン発射!!」
「はいはいガッテン」
「そーれどっかーん!!」
発射された謎のビームは各戦力を半壊させる。
「くっ、あの女――ッ」
「な、何者です!?」
その女は。
「問われて名乗るもおこがましいが、知らねば言って聞かせよう!! 私こそは万魔機操忘却都市――パンデモマキナ=ムネモシュタットの騎士オルレイン・エルトリウム!! 現実と虚構の区別がつかなくなった神を在るべき場所に還しに仕った!!」
ちっ。とロキは舌打ち。
「どうやってここまで来た。それ以前に、どうやって知った」
「簡単な話です」
オルレインの後ろから出てきたのは、ウキョウ・シプレバ。
「私は通常業務中、不意にドアの向こうが異空間に繋がった。その先には淫魔や鬼が何か悪だくみをしている。気付けば追い返されて白昼夢かとも思いましたが、どうにも気になる性分でして」
「だからと言って、この空間に綻びは――」
その声に応えたのは。
「作りました」
那由他。そして。
「さくらさん。そして淫魔の方を辿り、この空間と外の空間の頂点を見つけました。そこを」
「俺が破壊した、というわけか」
その言葉にオルレインは。
「という事らしいが。何かほかに要素が加わってはいなかったか? ジャック」
「さて?」
ははは、相変わらずだな、とオルレインが笑って、ジャックが苦い顔をする。
そしてさらに。
「じゃーっく!! ここであったが百年目ですわー!!」
サーキュレット・サキュバスがテンション高めで宣戦布告をしてきたので。
「やれやれ」
「さて、神殿へ連れ去られた者達も保護できたかな」
見れば一部「やだっ、俺はここに住む」だの「いいから帰ってきなさいっ、怒らないからっ」とかやっているが、まぁいい。大方は出撃できる。
「では――総力戦だな」
オルレインの鶴の一声で、戦闘が開始された。
○――
勝利条件:敵の全滅
敗北条件:味方の全滅
熟練度取得条件:獲得済み
○――
敵の数も減ってきたところで。
「ははっ善い打ち合いであった」
「逃げるか武王鬼!!」
「我は既に策で負けておる。次にまた打ち合おうぞ!! 無双王!!」
武王鬼は撤退し、いつのまにか艶王鬼も消えていた。
「だったら俺様ちゃんもそろそろ撤退かねぇ……ただなぁ」
あたりを見回して。
「俺が撤退するとこの空間がなぁ……」
見回すと、オルレインのベイベルトゥーアが目に入った。
「ロキ。ラグナロクのきっかけとなる神……」
「ああ、現状起こす気はねぇぜ? “どうやったって起こる運命”なのが俺たちカミサマチャンなんだけどさ」
言ったところで。
「道中、こんなのを拾った」
オルレインが指す先。ムネモシュタットの一室では、チャイナドレスでショートボブの女性がニコニコロキに手を振っていた。
「……あー……参ったね」
「ハザマ探偵のロキに会いたい、ということらしいが?」
「以前の事件でちっとなー。そっかー」
参ったね。と改めて言って。
「退散しよう。ミドガズオルム、ヘル、フェンリル」
言うと同時に、空間が大きく変化する。
大地は蛇のようにのたうち。
空は冥府の色に変わり。
月は狼の瞳のように歪んだ。
「ああ、冥府の王エレシュキガル。“これ”がうちの娘ヘルだ。一応挨拶にな」
「ずいぶんと巨大ね」
「使いたかったら呼んでくれ。そういう話だ」
そして空間が崩れる寸前。
「おっと。その女は――」
ロキの傍らに、チャイナドレスの女性。
「さらわせてもらうぜ」
そのさらわれる女性は。
「あのねロキちゃん。またネギいっぱいもらったから、今夜はスキヤキね」
と今夜の献立を告げる。数名の部隊員が、「ここでメシテロかよ」というが仕方ない。
そして今度こそロキと三匹の子供たちは消え去り。
通常空間。
そこには。
「――テロは、許さん」
毒島一味が居た
○――
戦闘が終わり、ムネモシュタット。
最終的に「ネギとかどうでもいいから飯食いたい」ということで、屋外バーベキュー大会となり。
「あ、ジャック、そっちのシイタケ食べごろですわ。お肉もちょっとこっちに移動させないと焦げますわよ」
「やーんお姉ちゃんバーベキュー奉行ーっ」
などとやっているが、淫魔は人間のもの食べられただろうか。というか何故こっち側に混ざっているのだろうか。
しかはまぁ。と撫子は思う。
「助かりましたわ。さくらさん」
「むぐ? わらひはなにも……んぐっ、してないぞ」
がっつり肉をほおばっていたさくらが肉を飲み込みながら言う。
遠くの方では去りゆく毒島一味に、ムネモシュタットに移設した山岳要塞『ニドヘガ』が3000mm長距離砲でバーベキュー一式を送ろうとしているが、それ目的は毒島一味の迎撃にしか見えないんだけどこれまたどうしたものか。
それはそれとして。
「いいえ。ひとつ、大切なことを思い出させてくれました」
それは。
「私は皇女の自分を否定したのではなく、今の自分を肯定したから、ここにいるのだと」
笑い。
「素敵な笑顔でしたよ。さくらさん」
その言葉にさくらは「むっ」と唸って、撫子の両頬に手を当てる。
「じゃあ撫子さんにもしてあげる」
むにゅむにゅと。
顔面の筋肉をもまれながら、撫子は抗わずされるがまま。
こんなこと、ただの皇女では考えられないことだろうとも思いながら。
でも、今でも自分は皇女であり。
――うん。
心の中で頷く。
今自分は、なりたい自分に、なれている。
それは奇跡の時間だと、そう思う。
○――
それは、奇跡の物質だと、崇王鬼は思った。
「まさか……こんな物質があるとは……」
手には【オベリスク】のかけら。
「これをうまく制御できれば、私はこの城の王に……いえ、そんな小さい話ではありません」
肩が震えて声が出る。
「ふ、ふふふ。すごい……すごいですよ!!」
暗鬼羅城の一室。
暗い地の底で。
野心が一つ。
大きく。大きく。大きく膨らむ。
――その野心の広がりが、自身の手に負えなくなるとも知らずに