ストレイシープ
   ストレイシープ

 迷った羊はどうなるの?

『狼さんに、食べられちゃう』
『だったら、ねぇ。狼さん』

  ロンリーウルフ
   ストレイウルフ

 迷った狼、どうなるの?

 孤独に迷った狼さん

 狼さん

 狼さん

 ――あなたは
       ホントに オオカミさん?

○――

 荒野。その果てに、森がある。
 満月の夜、森の中に一つの機体がしゃがみこんでいた。
 スワッシュ改。
 何度も改修を加えたその姿は、しかしその多くを失っていた。
「…………」
 その機体を背に、月を仰ぐ女性が一人。
 城薔薇狼獅。
 その表情は、放心したようで、しかし。
「――くっ」
 時折、泣きそうに歪む。
 彼女は先ほど、親友を討った。
 それだけではない。
 腹心ともいえる仲間たちを失った。
 その対価は――。
「これが、私の望み」
 ラングマリー基地司令の汚職。そして、マーク・ハワードによる物資の横流し。
 それを潰した。
「“あの部隊”は……レンは、次々に成果をあげていって」
 だから。
「だから、基地司令の汚職は上層部に握りつぶされた」
 “大佐”の部隊を打倒し、残党処理の際、先にラングマリー基地を少数機で襲撃。
 先行して戻った自分たちの部隊が反旗を翻し、ラングマリー基地を制圧。
「それで終わるはずだったのに」
「でも、終わりましたよね」
 森の奥。赤毛の少年が現れる。
 ブリジスト・L=フォールだ。
「ああ……終わらせた。終わってしまったよ」
 ラングマリー基地襲撃は、ブリジストの手引きによるもの。
 しかし、レンとの戦闘は想定外だった。
 結局、ケンプ隊は壊滅し、レンとの一騎打ちの上で……。
「仲間も、親友も失って――もう、何もない」
「はい」
 ブリジストは素直に頷いた。
「僕の目から見れば、ロシ姉さんはもう死んでいい人です」
 それは、彼の価値観。彼の世界の価値観だという。
 それよりも。
「姉さんはやめて」
「では、ロシおねえちゃん?」
 苦笑するしかない。
「なんでもいいよ。もう」
 もう。生きる意味を、目標を、見失った。
「だけどロシおねえちゃん。あなたはまだ――」
「何かある?」
 ブリジストは一度黙り。そして告げる。
「ねぇ。あなたは何に、なりたかったんです?」
 問えば森の中の闇が濃くなる。

 森の奥底。闇の中。

 何かがわらう気配がした。

○――

 アイザック=愛染・アイゼンシュタインは壊滅した基地研究室で佇んでいた。
 呆然と、ではない。
「参った……」
 片手で後頭部を押さえて。
「困るじゃないか、マーク。死んでもらっちゃ」
 それを聞くのは、数人の大人。その中から。
「泣かないの。アイ」
 一人の女性が訊ねた。マライアだ。
 彼女にアイザックは「うん」と頷き。
「もういいんだ。今はただ、文句を言いたい」
 マライアも「そう」と頷く。
 場に沈黙が流れ。
「……それで、いいの」
 カオリが漏らした。
「ウキョウさんが。ううん。私たちが、もっと早く動いていれば」
「カオリ君」
「基地司令の事も、マークの事も、実態は掴んでた。でも――!!」
「カオリ君!!」
 ウキョウが止める。
「自分の。我々の力不足を、他人の嘆きに期待するものじゃありません。事実は事実です。我々は――負けたのです」
 その言葉は、基地の惨状そのものだった。
 そして。
「レンは? 彼女は僕のレナンスで、ロシのスワッシュに負けたんだろう? 何故かと、問いたいんだ」
 俯いて問うアイザックに、応えたのは内藤2000式。
「イシキフメイのジュウタイだよ」
「そうか」
 俯く。
 俯きを深くして。
 そして。
「泣かないのか」
 頭に手を乗せられた。大きく冷たいその手は、毒島Mk.2のものだった。
「泣かないよ。泣く必要がない」
 俯いたまま、言って。対する毒島は。
「必要がないなら泣かないなら、人は必要がなくなったら死ぬしかなくなる。しかし、俺はまだ、また生きている。……俺たちのように泣けなくなっては、遅いぞ」
 酷く落ち着いた口調で言う。マライアも。
「だから、泣かないの? と問うたのだけど。必要なければ泣かないものだったかしら、人間って」
 と続けるので。
 だからアイザックは。
「いや……あのさ。実はここに来るまでに、結構泣いて、さ」
 だから。
「もう必要ないかなって」
 でも。だから。涙をこぼす。
 俯いたまま、涙をこぼす。
「横領してたり、癒着してたり、横流ししてたり。なんなんだよ、もう。僕が知らないとでも思ってたのかよ、もぅ……」
 だけど。
「いつかクビにしてやるつもりだったのに……あの程度なら、泣いて土下座するなら、とりなしてやろうと思ってたのに……」
 なのに。
「死ぬなよ、役立たず!!」
 言い切って、泣いた。嘆きと共に。慟哭と共に。
 しかし、それは受け止められた。
 マライアだ。
 彼女が泣き崩れようとするアイザックを抱き留めた。
 アイザックは泣き。
 しかしマライアは要領を得ない表情で。
「……ドクジマ。これが母性なのかしら」
「知らん」
 ただ、毒島もアイザックの背中を叩く。
 そんな様子を見ながらひとり。
 ぽつり。ウキョウがつぶやく。
「あの程度なら……ですか」
 ウキョウ一人が視線を外す。
「離反したケンプ隊を除く基地の被害は24名。遺体の数も24名。身元の確認できた遺体は23名」
 視線の先には、マーク・ハワードとされる遺体。
「僕から見れば、“あれほど”の横流しをして、この結末には、いささか違和を感じるのですけどね」
 身元の確認できていない遺体は一つ。消去法で、マーク・ギルダーのものとされていた。

○――

 森の奥。ロシとブリジストの前に現れたのは女性。
 透き通る青紫の髪を後ろに流すそのスタイルには見覚えがあった。
「お前は……ウパ江!?」
 違う。
 その揺るぎないドヤ顔は。
「残念です」
 暗がりから、さらに数名、同じ顔が現れた。
「我々はカゲトラ様のお世話係。御護・エウロパのデータをフィードバックしつつ同規格筐体で共有する無個性集団――つまりは、そう、こうお呼びください」
 そしてそれらの人物を割って、現れるのは。
「通称、ウパ江兵……であるの。琥々!!」
 獣のような、虎のような、しかし人の気配。
「宇宙武将……カゲトラ!!」

 to be continued...