青い空。
 白い雲と、鮮やかな緑が見える山間。
 ロクナ・ヤクモは夏の山道を歩いていた。
 ダムへ続く山道で、たまに車も通るが道幅は狭い。
 ロクナ自身も、レーイチと途中まで車で来て、イワナの養殖所で食べたり飲んだり喧嘩して休憩をしてから二手に分かれて登り始めたところだ。
「ふぃー」
 最初はきついと思ったが、ペースを守ればそれほどではなくなった。それどころか、近くを流れる澤の音と、木々抜ける風が心地よい。
 今、山登りをしている理由は、毎度のD-領域の捜索だ。
 主たる目的の『天に届く塔』の情報ではないが、『夏に咲く桜』のウワサを聞きつけた。その具体的な場所の捜索だ。
「D-領域なら、そういう可能性、あるもんね」
 口に出して言う。しかし応える者はいない。そうすると、改めて自分が一人だということを自覚する。
 ――べ、べつに寂しくないし!!
 むしろ。
「……く、暗い……」
 太陽が雲に隠れると、一気に緑の陰が深くなる。ずっと見ているとそのまま吸い込まれそうで――。
「こ、怖くないしっ」
 ふんっ。と胸を張ると、目の前に開けたカーブが見えた。
 アスファルトにガードレール。その先は真っ青な空しかない。
 ――明るい……そうだよね。今昼過ぎだもんね。
 一歩進めば、アスファルトの陽炎が見える。
 もう一歩進めば。
「あ、誰かいる」
 白いワンピースの、背の高い女性。
 真っ白な日傘を差して。
「す、すみませっ。この辺で桜を――」
 声をかけて。
「あ……れ?」
 消えていた。

○――

 剛希望遊撃部隊教官・高名あつ子は施設のコミュニケーションルームでコーヒーを飲んでいた。
 その斜向かいには“フロッグマン”メンネルコールが麦茶を手にしている。
「ふむ、幽霊ですか……」
「そちらの隊ではそういった話は?」
「そんな噂話で盛り上がるような隊ではありませんし」
 そうですか。とタカナはコーヒーをすすった。
 話題は、先日ロクナが見たという幽霊だ。
 実際、鋼希望の中で大きな話題になっているわけではない。ただ、
「撫子様が『何か気になる』と」
「それはおそらく――」
 メンネルコールは辺りを見回し。
「まぁ、言ってもいいでしょう。あのダムの底に、眠っているものがあります」
「まぁ、ダムの底ですから」
 タカナは思う。日邦でのことを。
 鬼との戦いの為。電力確保のため、有無を言わさずに水底に沈んだ集落の数々を。
 ――隊長世代は、特に思いが強いことだね。
 しかし、メンネルコールは首を振り。
「いいえ。それだけでは――いえ。だからこそ、でしょうか」
「何がですか」
 メンネルコールは笑みをつくる。
「幽霊ですよ。どちらにせよ、次の作戦で消えてもらうのですが」
「ああ、例の」
「そう――【オペラチオン:サマーフェス】で」
 タカナは思う。
 何故オペラチオンはドイツ語で、そこから後ろは別言語なのだろうか、と。誰かツッコミを入れなかったのだろうかと不安になる。
「つまり、夏祭り大作戦、ですか」
「大……?」
「失礼。大絶院天将がそう仰っていたので」
 作戦自体は鋼希望メンバーには通達されていた。合同作戦だ。しかし。
「ああ。しかし天将も思い切った提案をされる。我々の作戦に協力する条件として、作戦協力者全員の浴衣および水着の着用を義務とする、など」
 聞いて。タカナは息を整えた。
「タカナ女史はどちらを選択するか。今から楽しみに――と、セクハラですかね」
 息を吸って。整え。
・作戦協力者全員の浴衣および水着の着用を義務とする。
「はあぁぁぁぁ!?」
 聞いていなかった。

○――

 参った、とジンバは思った。
 それは、次の作戦行動だ。
【オペラチオン:サマーフェス】
 オペラチオンまではドイツ語で、サマーフェスは英語なのはどうしたものだろうかと思うが、要するに『夏祭り大作戦』だ。
 今回のモノリスの埋置点には既に予測がついている。
 そして今回、そこから少し離れた場所で、施設メンバーによる“夏祭り”を行うことになった。
 実験だ。
・命題『【モノリス】は人の感情に喚起されるか』
 普段は反応を見せない【モノリス】が、突然人体に影響する精神干渉波を出す。
 今までその発現状況は不明とされていたが、今回『人間の感情をトリガに、それを増幅・伝播しているのではないか』という仮説が立てられた。
 本作戦では『喜』の感情を集めるために、祭りを行うのだという。とは言え。
「だからって、なんでタンゲがやぐらのてっぺんで歌うんだよ……」
 実際には、ニワ・タンゲを釣り餌にした喚起実験でもある。が、ジンバはそこまで考えていない。
 ただ、「一番危険な場所にニワが置かれる」というその状況に。
「……なんでイラッとしてんだか」
 言葉とは裏腹に、呆れたように言い捨てる。
 しかし、参ったのはそれではない。
 今回の作戦は、「祭り班」と「モノリス対応班」の二班構成だ。
 場所さえわかっていれば通常のモノリス対策で人的被害はほぼ100%対処できる。だからこそ。
「関係者とは言え、一般市民の参加……これ忘れてた、俺が悪いんだよな……」
 施設の人間だけでは、およそ『喜の感情』が少ないと踏んだのか、「施設とその協力者を対象にその周辺の関係者を、夏祭りに招待した」。
「いや、俺たちは絶対守れる。守れるけど……」
 だから自分もてっきり「モノリス対応班」だと思っていた。だからこそ。
「ああ、ジンバ君は祭り班ね」
 そう言われた時には耳を疑った。
「え? だってキミ、ニワ君のお姉さんと何か約束してなかった? 夏祭りがどうとか、必ず守ってみせるとか」
 ちょっと流れでそう言った。色々あってそう言った。言ったけど。
「そう言う意味じゃ……ないっ」
 結果、どこでどうなったのか、タンゲ姉から『当日ヨロシクねー』メールが届いた。
 というか、メールに気付いたのは当日だ。
 参った。
 すごく、参った。
 いや、正直に言えば、その逆なのかもしれない。
 そうかもしれないが、どうしたものかわからない。
「これ……アレだよな」
 知り合いのお姉さんと、二人で待ち合わせて夏祭りに参加する。
 そう、一言で言って。
「……デート……」
 参った。

○――

 ニワ・タンゲは震えていた。
「で、で。それで白いワンピースの人はどうなったんです?」
 向かいにはロクナが拳を握って。
「それっきり。消えちゃったんです……ッ」
 周囲から一斉に、「ひー」だの「ぎゃー」だの「うぱー」だの「ロッシーこわーい」だの「だからくっつくな」だの悲鳴が上がる。
 作戦前のミーティングルーム。そこで盛り上がるのは、怪談話だった。
「でも、実際この辺にはその手の話が多いね。さっきのワンピの幽霊も最近になって目撃例が数件あるって」
 カオリが内藤2k子機を机に乗せて語る。
『そうだな。ムカデの祠に水神の祟り、カナエ石などの言い伝えや、近年に見る都市伝説系の情報も多い』
「そ、そんなところで、夜にお祭りやるんですか!?」
 ニワは正直不安だった。
 今回の作戦は、喜の感情を集めるためだという。その真ん中で、音頭をとる。
 大役だ。そんな不安な自分が音頭をとったら、何か変なものとか集めたりはしないだろうか。
「元々お盆は鎮魂のため……それが祭りと合体したの。……ジャックの方が詳しい?」
 と、レンの言う先。
「ん? ボク? ははっ、よくわからないなぁ」
「? ハロウィン……ジャック・オ・ランタン……コスプレパーティー?」
 ぽつぽつと連想ゲームのようにレンはつぶやき。
「ろっしーコスプレしよっ。かわいいのーっ」
 ロシに抱きついた。
 抱きつかれたロシは暑さのせいかぐったりして。
「いーでしょ、今回の作戦じゃ浴衣着るんだから」
 それに対して返されるのはレンの「?」という巨大な疑問符。
「ロシは、水着だよ?」
「…………」
 無言。
「祭り会場の裏の澤が、整備されてるから。水着だよ?」
 無言。
 その無言を眺めながら、ニワは不安になる。
 これ、本当に『喜』の感情、あつまるのかなぁ、と。
 不安だ。
 なんせ。

 ――ジンバさん。お姉ちゃんとデートだもん。

 傍にいてくれない。

 不安で、胸が詰まる。

○――

 夜。高い月に、浅い闇。
 山間の開けた場所。ダムを臨む場所に、やぐらがたっている。
 日中に設けた、祭りのためのものだ。
 その周囲には人だかりと、屋台が並んでいる。
 人の中には、警察官や、明らかな一般人、子供の姿も散見された。
「関係者のみ、のはずだったんですがねぇ……」
「警察の手配、ありがとうございます。ウキョウ・シプレバ」
 祭り会場の入り口。門にあたる二本の柱に、会場に背を向けて立つ二人の男がいる。
 特命係ウキョウ・シプレバと、メンネルコールだ。
「いえ、特命は一切かかわっていません。鋼希望側からこの地域の役所に申請がなされたとのことで」
「では、あなたは何故ここに?」
 ええ。とウキョウは頷く。
「理由の一つは、本来の役割のため。『Lojy』という過激派組織の幹部がこの地域に入った、という情報が」
 そして。
「それに付随して」
 見る。
「あの焼きそば屋台の男。コードネームはIZAM。そして、あちらで太鼓をたたいている男。こちらは毒島。どちらも、カウンターテロリストとしてその世界では有名な男たちです」
 その言葉にメンネルコールは目を見張り。
「それは……いや、何故」
「はい」
 ウキョウは頷いて、一拍を置いた。
「何故こんな場所に。何故こんな堂々と。何故我々は動かないのか。何故、何故、何故」
 もう一度「はい」と頷いて。
「おそらくは、『Lojy』の幹部、または構成員を潰すため。わざと目立つようにふるまっているのは、我々にその存在を知らせるため。我々が動かないのは、他の作戦が進行中な事と、対毒島一味の準備をしていないため」
 そう。と言葉を作り。
「彼らは我々を利用しようとしている。彼らが動けば、我々も動かざるを得ない」
「それは」
「ええ。ここにいる全員。自分の本分を忘れず、職務を全うしなければならない。……いえ、平素から、それは当然の事なのですが」
 ふむ。とメンネルコールは肩の力を抜くためにため息をついた。
 そして通信機を取り出し。
「モノリス対応班。ダムを囲むように配置済み。祭りも盛況、か。了解した」
 通信を切る。
「――祭りの雰囲気にのまれて、すべてが無事に終わってくれないものか」
 やれやれというようなメンネルコールに、ウキョウが苦笑いをする。
 そしてふと、白い影が目に映り――消えた。
「ふむ」
 通信機を取り出して。
「やはり“幽霊”は居るようですね」
 メンネルコールを残して、その場から立ち去った。

○――

 祭り会場の裏手。獣道の先に、桜が咲いていた。
 祠が一つ。その中には、古びた石碑。
 そのわきの一本だけ。桜が咲いていた。
 その下の石に、AAA=Jackは腰をかけていた。
「にぎやかな夜ですね」
 祠の上には白蛇。それがとぐろを巻いて眠っている。
 視線の先にはダムがあり、裏手を見れば、祭り会場と澤がある。
「あなたは会場に行かないのですか?」
 問うた先。そこには浅黒い肌をした、赤毛の少年が居た。
「いえ、ボクは結構です。別の目的で来たのですが、お祭りをやっていて驚きました」
 ジャックは「そうですか」と一言。
「この一本だけ、桜が咲いているんですね」
 少年が、桜を見上げる。透けて見える夜空には月がある。
「誰かの願いですかね。少しでも長く、綺麗な花を、と」
 見れば、祠の前には供え物がされている。
 周囲も整理されており、つい最近手入れされたことがうかがえた。
「それは――」
 少年が、少しの不快感を込めて告げる。
「欲望が過ぎませんか。過剰な幸せです」
 言葉にジャックは苦笑いをした。
「耳が痛い」
 少年も、「あ、いえ」と気遣いを見せ。
「ボクたちの世界での道徳観なので。つい」
「世界ですか」
 祭囃子が響く。
 花火もあがる。
 祭りの会場に、毒島も、IZAMもいない。
「やれやれ、本当ににぎやかだ。こんなににぎやかじゃ、“幽霊”の居場所なんてありゃしない」
 そして視線をダムに向ける。
 少年も、同じく目を向ける。
 その巨大な建築物。その管理棟。
 そこには、白いワンピースの女性が、日傘を差して立っていた。
 少年が言う。
「“幽霊”という概念をこちらに来て知りました。僕らの世界には、“無念のまま死ぬ人間”はいません。等しく、平等な幸せを得て、幸せのうちに死ぬからです」
 ならば。
「残念や無念を晴らす、ということは、鎮魂になるのでしょうか」
 ジャックはただ「さあ」と応える。ただ。
「白々しく聞こえるかもしれませんが、名前をうかがってもいいでしょうか」
「いえ。こちらこそ失礼しました」
 少年は、ダムの白い影から目をそらさず、告げる。
「ブリジスト=L・フォール」
 その言葉は意志に満ちた。
「『Lojy』。――嫉みの敗北者を、二度と負けることのない世界へ連れて行く者です」
 確固たる言葉だった。

○――

 その女性は、ダムに沈んだ村の出身だった。
 正確には、その子孫だ。
 祖母はよく村の記憶を語ってくれた。
 山を守る大ムカデの話。澤に住む水神の話。願いを叶えるカナエ石の話。
 それはすべて、水の底だ。
 そして自分たちは別の土地に住むことになった。
 土地を借りている人間。
 土地のものではないもの。
 それだけの理由で、迫害を受けた。
 妬ましかった。
 元から故郷があるものが。
 羨ましかった。
 何も嫉まず生きていられる人々が。
「もう、取り戻せない」
 女性は、ダムの上でつぶやく。
 光学ステルス装置である日傘を畳み、ダムの向こう。水底を見る。
「なら、みんな私と同じになればいい」
 ダムに、爆弾を設置した。
 一か所ではない。計16か所。
 光学ステルスを使って忍び込み、数日をかけて準備をした。
「心の在処――故郷を水底に沈めれば、もう、もう誰も嫉まずに済む」
 この装置と爆薬。それを提供してくれた一団は、言っていた。
 思い出し、口にする。
「我ら弱者に導きを――そして強者を滅ぼしたまえ」
 みんな同じになればいい。
 そう思って、起爆スイッチを女は押した。

○――

 爆発が起こった。
 花火だ。
 しかしダムには何事も起こっていない。
 起きたのは。
「え……」
 白いワンピースが、血に染まったことだった。

○――

 カオリ・シルクレーテベルクは目の前の惨状を見た。
 IZAMが、その手にした得物でワンピースの女性を横から叩き折るのを。
 その距離、約二メートル。
 あとわずかなところまで来ていた。
 確保の瞬間だった。
 そこに、IZAMが割り込んだ。
「――ッ」
 ウキョウの指示で幽霊女の目撃情報を追い、ここまで来た。
 ラングマリー基地の部隊によって、爆発物も撤去した。
 それなのに。
 あと一歩。
 間に合わなかった。
「くっそ――!!」
 IZAMを睨み付け、距離をとる。
 その瞬間に見た。
「!?」
 女が、笑っていることに。
 轟音が響く。
 巨大な水音。
 ダムが、その水門をすべて解放したのだ。
 見る。
 ダムの向こう。
 月光を浴びて宙にたたずむ、巨大な陰を。
 鳥のような意匠をした、人型のロボット。
 『Lojy』と共に現れるエイチ・エンドだ。

 そして――。

 水底に光るものを見た。
 それは次第に広がり――。

 意識が一旦、白に染まった。

 精神が、干渉する。

○――

 夏がある。
 夏の空の下に、白いワンピースの少女が居る。
 少女は畑で採れた野菜をザルに入れて、山を登る。
 山の中腹に祠がある。
 少女は野菜を供えて振り返る。
 山がある。
 少年がいる。
 少女は恋をして、町で家庭を作った。
 その町にはカナエ石という石があった。
 願いを叶える、カナエ石。
 そういうものがあるだけの、町だった。

 それを語る老婆が居る。

 一度も「もうない」なんて言いはしない。水底に沈んだなどとも言わない。
 笑顔で、ただ語っていただけだった。

 それを聞く、少女。

 その少女の顔は泣きそうで。
 かわいそう。
 かわいそう。

 そして自分もかわいそうになる。

 だからみんな、かわいそうになってしまえと――。

 そう思って辿り着いたこの地で。

 今、見ているこの風景は。
 はじめてなのに、懐かしい。
 懐かしくて、懐かしくて、懐かしくて――。

 もう二度と、水底から浮き上がる気力もないほど。

 心地よく。
 心地よく――。

○――

『――ケル。起きてください、マイケル』
 声に、ウキョウは顔を上げた。
「今のは……」
 通信の向こう、カオリの声に。
「【モノリス】による精神干渉。おそらくは亡くなった女性と、水底の集落のものでしょう」
 ウキョウは状況を確認する。
 祭り自体、中止はしていない。ただ、一般人は避難を開始した。
 ダムの周囲には、『Lojy』の戦闘ロボとエイチ・エンド。
 それに対処するための一部の戦力と。
「――毒島戦闘ロボ」
 『Lojy』の戦闘ロボのみであれば圧倒できる毒島戦闘ロボだが、そこにエイチ・エンドが加わるとなると状況が変わる。そのために、自分たちの姿を見せつけアピールし、こちらに対していつでも戦闘態勢に移行できるよう促した。
「私情でモノを言えば、まとめて確保したいところですが」
 状況がそれを許さない。
 ダムの水門の全開放だ。
 『Lojy』の目的はダムの決壊だったようだが、その次善策として過剰な水量による下流地域の河川の氾濫も組み込んでいたのだろう。
「“フロッグマン”隊長。そちら観測状況は」
 通信から返ってくる言葉は。
『非常にまずい。【モノリス】が完全に覚醒した』
「精神干渉の種類は」
『不安と恐怖。そして妬みだ』
 これでは士気も気力も上がりませんね。とウキョウは思う。
「時間が経てばそれだけダムへの対処も難しくなります。また、敵をダムに取り付かせてはいけません。直接破壊の可能性があります」
 故に。

○――

気力低下からスタート。
精神半減からスタート。

勝利条件:
エイチ・エンド以外の敵の全滅。

敗北条件:
5ターン目のPPをむかえる。

熟練度取得条件:
2ターン以内に勝利条件を達成。

○――

 ジンバは作戦の続行を命じられていた。
 待機ではない。「祭りを続けろ」とそういうことだ。
 だが。
「こんな状況で、どうしろってんだよ」
 結局、祭り自体に【モノリス】は反応しなかった。
 モノリス対策班のおかげで、精神に異常をきたすほどの干渉は受けていない。しかし、現状のテロにおいては無力だ。
「くそっ」
 その様子に、隣のヒヨリ・タンゲが口を開く。
「カナデくんは優しいね」
「そんなことはない」
 事実、苛立っている。
「テロリストは軍とかその辺の人が何とかしてくれようとしてくれてる。それなのに手伝おうなんて、優しい」
「なんだ、嫌味か」
「うん」
 ヒヨリは余裕の笑みを返す。
「役割だよ、カナデくん。私はお姫様。君は王子様」
「お、おぅ?」
 照れる。照れるが……。
 しっくりこない。
「王子様の役割は、お姫様のエスコート、だね」
「おぅ……」
 そして。
「あ」
 気付く。
「いやー、今日は楽しかったよ、王子様。妹の事がいろいろ聞けた。君は妹の事をよく見ている」
 一気に、恥ずかしさが来た。
「やっぱりキミは、あの子の王子様だ」
「な、何の話だ」
「わかるよ。あの子があんな風に笑ってられるんだから」
「笑ってないだろ、今。どうせ何もできないで震えて、不安で――」
 ほら、とヒヨリ。
「よく見てる」
 だから。
「妹のこと、よろしくお願いします」
 頭を下げられた。
 だから。
「くっそ、これ終わったらもう一回デートだ!! こんなん違うからな!! おれのプライドが許さねぇ!!」
「ニワも一緒でいい?」
 走り出す。
「絶対ダメだ!!」
 自分の役目を、果たすために。

○――

 ブリジストは敵を見ていた。
 自分の障害になるもの。
「ボクは――怒りを覚えています」
 毒島一味。
「何故、彼女の復讐を、あなたが止めるんです! 毒島!!」
「彼女はもういない。IZAMが殺した」
「それなら『Lojy』が引き継ぎます! たった一つの、幸せの足りない彼女の、最後の望みを叶えるために!!」
 きっと彼らも同じはずなのだ。
 復讐者。
 それなのに、同じ復讐者を殺して回っている。
「こちら側に来ませんか? 二度と嘆きを得ることのない世界へ渡りませんか? おそらくきっと、あなたにはその資格がある」
「ない」
 その拒絶の言葉は明確だった。
「俺はかつて得た幸せの為に、今嘆きを潰している。――嘆きのない世界に渡る資格など、ない」
 では。
「では。せめて『Lojy』の邪魔にならないように――排除します」

 ブリジストは己を確かめる。

 異世界から迷い込んだのが自分だ。
 そして自分の世界に戻るために、協力者を得ている。
 今の言葉は偽善だと思う。
 自分は彼らを利用したいだけだ。
 しかし、彼らを救いたいとも思う。
 傲慢かもしれないが、自分にはそれができる。
 自分が、元の世界に帰れるならば。
 彼らを、自分の世界に連れて行けるならば。

 その、幸せの数が決まった世界に。
 その、幸せのうちに死ねる世界に。

 幸せの足りない彼らを、連れて行きたい。

 だから、邪魔をしないでほしいだけなのに。

「……彼女も、連れて行きたかった」
 視線の先には、笑みをたたえて絶命した女がいる。いま彼女は、願っていた今は無い故郷へ帰れたのだろうか。
 わからない。
 そこに、声が響く。
「だからと言って、この行為許されるものではありませんよッ」
 ウキョウ・シプレバだ。
 そして。
「タンゲくんっ!!」
「はいっ!!」
 花火が、響いた。

○――

 ニワ・タンゲはやぐらから降りていた。
 照明器具と音響装置。それを裏手に移設した。
 桜の咲いている、祠の傍。
「【龍神様のカナエ石】!!」
 日中に話していた噂話。
 この土地の伝説、伝承。
 その一つが、これだ。
「昔々、川の氾濫をおさめるために設置されたカナメ石」
 どん、と一つ太鼓が鳴る。
「願いが叶うという、季節外れに咲く桜」
 どんどん、と花火が響く。
「今は水底に沈んだ、その場所から、それぞれ移設されて、今、ここに!!」
 祭囃子がスピーカーから流れる。
「一つになって合体です!!」
 スピーカーを運んできたジンバが「今じゃないし、それより合体はないだろ……」と呟くが、流れる音楽に掻き消える。
「あなた方が妬みを伝播するというのなら、私はマツリの歌を伝播します!」
 歌う。

『祭囃子の鎮魂歌』

 響く歌声は不安をかき消し、代わりに『喜』の感情を伝播する。
 その『安心』の元は。
「しかしジンバさん。なかなかのデートスポットをご存じで」
「……うっさい。調べたんだよ。まさか【モノリス】の欠片だとは思わなかったけど」
 ジャックの笑みに、ジンバは苦い顔をして。
「ところでジンバさん。この辺で白蛇、見ませんでした?」
 しらねぇなぁ。という簡単な返事に、ジャックも頷いた。
「ほれ、ジャックも向こう手伝ってきなよ」
「おや、二人きりになりたいと」
 蹴られた。
 だが、蹴られたままで。
「そろそろ川が、氾濫しそうですね」
 タイムリミットとなった。

○――

 ブリジストは川の氾濫を見た。
 この世界の破壊。それが向こう側への門を開く鍵になる。
 ――ボクは今、何を壊そうとしているんでしょう。
 よくわからない。ダムならわかりやすかった。ただ水害でも、色々なものが破壊されるというのはわかる。
 ――他人の幸せ、でしょうか。
 しかし、思いながら見る風景は。
「何です……これは」
 川の氾濫。
 ひどくうねり、暴れ。
 しかし、下流には流れない。
 上だ。
 川がまるで、蛇のように空へと昇る。
「白蛇……いや」
 その姿は正に。
「水神様のお怒りですかね」
 見れば、夜空にがらんどうの鎧のようなものが浮いていた。ジャックの半身、ツヴァルシェントだ。
 水龍はうねり、ダムを乗り越え、暴れる。
「かつては人を守るために争ったというのに、今度は人がこの地を壊すのか、と、そんな怒りを……」
 そこまで言って。
「おや、違う? ああ――」
 意志が、伝播する。

『怒りも嘆きも、嫉妬すらすべてを呑み込むのが神である。それが、我を信じる者への返しである』

 言葉とは裏腹に、伝播する感情は祭囃子に対する高揚感だ。
 その中で、事切れた女性も呑み込み。
『よく我を覚えていてくれた』
 勢いを増す。
「今は亡き思いを喰って、守り神の一部に……ですか。テンションあがって出てきたのが半分以上でしょうけど。まぁ、神様ですからね。そんな感じですよね」
 そしてブリジストに問う。
「さて、この神様は“嫉妬”もすべて呑み込むそうです。力の向う方向は、どちらでしょうね」
 水龍はのたうち、山間の木々を薙ぐ。その中には人の姿もあり。
「……『Lojy』は撤退させましょう。ボクはここに残ってあなた方と――毒島一味を食い止めます」
 闇の中。動く毒島戦闘ロボはエイチ・エンドを見据えていた。

○――

選択肢
・毒島の相手を先にする(ブリポイント+1)
・ブリジストの相手を先にする(毒島ポイント+1)

○――

 ウキョウは指示をする。
「皆さんッ、ブリジスト少年は無視して構いません! 先に毒島一味を止めます!!」
 それは。
「『Lojy』の確保が目的であり、殲滅ではありません。――毒島君たちを野放しにすれば、少なからず被害が出ます」
「でもウキョウさんっ、龍の怪異がっ」
『安心しろ、カオリ』
 言葉に促されて見れば、水龍はダムの上ではじけて、『Lojy』メンバーとみられる数人が水面に落ちた。展開していた部隊の一部が確保に向かう。
 それを見て。
「……充分だ」
 毒島は撤退した。

○――

気力最大から再開。
精神最大から再開。

勝利条件:
エイチ・エンドの撤退。

敗北条件:
味方の全滅

○――

 エイチ・エンド撃破。

 中破状態のエイチ・エンドの中でブリジストは告げる。
「ここは一旦引きます」
 しかし、続ける。
「ですが――聞いてください。僕と共に行きたいという人。彼らが居ることは、否定させません。現実から、現状から、逃げ出したい人の逃げ道に、僕はなります」
 だから。
「だから。――僕と共に行きたい人がいるなら、僕は受け入れます。弱いもの、才能のないもの、何も持たないもの。――僕は、それらの味方です」
 そして変形して、飛び去った。
 残された部隊の中で、ひとりウキョウがつぶやく。
「ええ、これで確信しました。――貴方は『Lojy』の幹部なんかではない。“善意の協力者”。点在する小組織を自由に動かせる、単独犯だ」

○――

 祭りのあと。
 その後片付けをしながら、ニワは人を探していた。
「どうしたきょろきょろして」
 それを見ていたジンバが、声をかける。
「あ、ジンバさん」
 そこまで言って。一度止まり。
「あの、お姉ちゃんは……」
「帰した。途中まで送ってきて、今こっちに戻ったところだが……どうした?」
 いろいろあるが。でも。
「ちゃんと、鎮魂歌、届いたのかな……って」
 一つだけ、喋った。
「ひとりはさみしくないのかな。足のなくなった彼女は、もうどこにも行けないんじゃないかな、って」
 それに対してジンバは一度息を吐いて。
 祭りの片づけを始める。
「くだらないな」
 やっぱり。と思う。
「歌で何かが変わるなんて、そんなオカルトあってたまるか」
 ああ、やっぱりなと。
 ジンバはいつも、そう言っていた。
「だから」
 ジンバが手を止めた。
「オバケなんてない。オバケなんて嘘だ。寝ぼけた人が見間違えただけだ」
「…………?」
 なんだか知ってる言葉のような気がして。
「だけどちょっと……ジンバさんもコワイの?」
「こ、怖くネェし!!」
 大声に、他の作業員が一旦手を止め。そして再開する。
 だからニワは笑う。
「私は怖いよ。だからジンバさん、呼んだら助けに来てくれる?」
 問えばジンバは鼻で笑った。
「ヤだね」
 うん。
「呼んだらなんて遠慮するな。一緒にいてやるから安心しろ」
 うん。
 優しい。
「はいっ。よろしくお願いしますね。“今日の帰り道”」

 淡い空には淡い月。
 淡い光に照らされて。
 淡い桜が風に揺れた。