とある宇宙空間。地球を包囲する大軍勢。
 そして、対峙するガオウ・カゲトラと、ドッペルゲー。
「……博士」
 無言のトロイに、エウロパは促すように語りかけた。
「……なんで、今日なんじゃろうなぁ……」
 つぶやき。
 ガオウ・カゲトラが地球全土、全世界へ言葉を響かせた。
『さて、地球人類よ。どうする? 余の宇宙の一員になるかぇ?』
 いや。
『余の世界征服――受け入れる覚悟はできたかの?』
 返答は決まっている。
「世界征服……じゃと? どうするもこうするも……ッ!」
「博士――ッ」
「ワシが先にやろうとしたのにーっ!!」
 コントロールパネルを叩いて立ち上がる。
「ウパ江君ッ、ドッペルゲー全数起動じゃ!!」
 言えばエウロパは嬉しそうに頷き。
「はいっ。私の超本気――見せましょう!!」
 隠れていた右目が露わになる。
 それは強い意思と共に輝き、同調するように各部の発光体も輝きを増す。
「この10数年、世界各国に埋め続けたGGシード。生む機体はネズミ算式に増えておよそ30万ッ!!」
 それが、世界各国で生まれ出る。
 侵略者に対抗する、力。
 それが名もなき者達の目の前に、現れた。
『心あるものは聞くがいい。ワシの名はDr.トロイ。“悪の天才科学者”じゃ』
 それは全世界に発信され。
『お主たちの目の前にあるのは、ワシが“世界征服”のために設置したものじゃ! ――遺憾ではあるが、それをお前たちに貸したるわいっ!!』
 全世界が戸惑い。しかし。
『目の前のバカタレが先にやらなければ、ホントは明日やるはずだったことじゃが、仕方ない。……愛する者を守る気概があるのであれば、さっさと片付けて明日を迎えるぞ』
 世界が、動く。
『…………』
 カゲトラは黙ってそれを眺め、言葉を挟まない。
 ただ、裏側で「全軍待機」の指示を出す。
『おう、爺さん。借りるぜ力』
『宇宙人に侵略されるくらいなら、今日くらいアンタに征服されてやるよッ』
 世界中からの応答を、エウロパはトロイへと送り。
「世界征服、完了ですね。相手も動きがないので、私のコントロールで全GGを待機させていますが……」
「……前面衝突は、避けたいの」
 ゆえに。
『聞こえるかね。宇宙武将カゲトラ殿よ』
『琥々っ。聞こえておるぞ、地球の支配者よ』
 それは冗談めかした応答だ。
『和平を結びたい。どうかの』
 応答は。
『嫌じゃの。ヌシの征服は長く続かん。余という敵がおるからこその、団結よ』
 鼻で笑うものだ。
『余は力である。暴力である。余を恐れる心がある限り、余の支配は続く』
 ゆったりとわらい。
『そうよの。余の1000分の1でも、こやつらに未来の平和を約束できるのであれば――考えてやらんでもないが、の』
 言い放ってカゲトラは言葉を待つ。それは。
 ――さあ、地球を支配してくださいと言うのじゃ。
 カゲトラは知っている。一人の独裁など、不満を生むだけだと。
 ゆえにかつての君主を殺め、半身ともいえる覇王の虎を得た。
 自分は、破軍であると感じている。
 古い支配を打ち砕き、そして次へ行くものだ。
 自分は支配者ではない。
 しかし、古い支配を打ち砕き続けていたら、いつの間にかよく見る顔が周囲に出始めた。
 それは自分の破軍によって泣く者達を助け、しかし、それが古い支配へと戻らないように、破壊のあとを治めるようになった。
 概ね。そう、概ね、という感覚で、自分は感謝された。
 そんなことを惑星単位でいくつか行い、別の星系で似たような存在を知ったので、宇宙武将を名乗るようになった。
 ――余は支配者ではない。
 しかし、古い支配を壊した後には、新しい支配が必要なのだ。
 ――とは言え、政治は向かんしの……。
 なのでほぼすべてを、取り巻きにまかせっきりだ。ただ、大抵概ね幸せにしてくれているので時々一緒に酒を呑んだり宴を開いたりしている。
 たぶん、幸いなのだ。
 自分のやる"間違ったこと"を、今では家臣と言える者達がどうにかしてくれているおかげで、おそらくきっと、自分が打ち砕いた星々は平和にまわっている。
 そして、自分がもし何もしていなければ、それらはすべて“間違ったまま”だったのだ。
 かつてはそれを傲慢であるとも思ったが、ゆえに歩みを止めたら歩いてきた世界の平和が壊れた。
 ――勉強よの……。
 そんなこともあり、今では特に考えもせず、とりあえず平定できそうであれば平定する。それに尽力するようになった。
 何より。
「楽しい時間であるし……の」
 つぶやき、カゲトラは問う。
『さて、返答や如何に』
 対するトロイはため息。
 長く。長くついて。そして応えた。
『ワシも長く世界を征服するつもりはないわい。せいぜい62秒もあれば充分な実績だと思っとる』
「GGの活動時間もそれほど長くないですしね。――ですが」
 うむ、と頷き。
『人類初の、統一者がワシ』
 うむうむ、と頷いて。
『そしてこの瞬間も、戦闘行為は行われていない』
 カゲトラも笑い。
『この数十分、余の1000分の1にも満たぬが認めよう』
 ゆえに。
 トロイは“地球に向けて告げる”。
『ならば――! 地球の支配者として宣言するッ。本日を“全世界平和の日”として、今後毎年、一切の戦闘行動を禁ずるッ!  これは、ワシの支配が及ばなくとも変わらないものとするッ!』
「博士……それは……」
「ホントは明日に設定したかったんじゃが……」
 少しさみしげに言って。
『どうじゃね。ワシは今、未来の365分の1を平和にしたぞ?』
 トロイのドヤ顔に、カゲトラは一度大きく「?」を浮かべ。そして家臣に「この惑星では公転運動を一周一年。一年を365日と定めている」とこっそり教えられて。
「おおっ。まさに365分の1平和にしたのっ」
 感心した。
『1000分の1以上の平和の獲得。あとは経過を見守ってもらうしかないの』
 言うだけ言い。
『――以上でワシの世界征服を終了とする』
 トロイは通信を切った。
「……ふむ」
 カゲトラは考え、そして全軍の総攻撃を始めようかと思った矢先。
『言い忘れとった』
 トロイが再度全世界に通信を投げる。
『かーちゃんすまんっ。誕生日に“世界平和”プレゼントしそこねたっ』
 全世界が、一度止まった。
 続けて。
『博士、奥様からメールが。“バカやってないで早く帰ってきなさい。怒ってないから”とのことです。……おや、お嬢様も珍しく戻られているようですよ? 添付の写真では完全に家族会議陣形組まれてますが……。良かったですね、怒ってないそうです。……おっと失礼。うっかり全世界に配信してしまいました』
 多分数分、沈黙がおきた。
 そして。
『トロイとやら……帰った方がよくないか?』
 心配された。
『……帰れると、思っとるのかね、カゲトラ殿』
『むしろ一緒に来てくださると助かります。カゲトラ様』
『さすがに無理じゃ』
 カゲトラは思う。
 まぁ、いいか、と。
 ――ああ、そうか。この星は、いいのか。
 同時に。
『じゃから無理矢理にでも組み伏せて連れて行ってみせよ。――できるものなら、の』
 どこかの誰かのため、ではなく。
 たった一人のために世界を征服した男。
 自分とは正反対のその人物に興味がわいた。
「博士、カゲトラ様にロックオンされました」
「な、なんか誤解を受ける物言いやめんかの!? 家族会議に不利に働く気がビンビンするんじゃがのーッ!?」
 そんなことを言いながらも。
『琥々ッ!! よいよい。一昼夜でも三日三晩でも、未来永劫でもよいっ。余を――愉しませてみせよ』
 カゲトラはドッペルゲーへ攻撃を開始した。
「応戦したら戦闘行為になりませんかね」
「……地球上じゃないからノーカンにならんかの」

○――
 ……
 …………
 中略。
 …………
 ……
○――

 ガオウカゲトラが膝をつく。
「やったかの!?」
 歓喜を含んだ言葉に、エウロパは「フラグを立てないでください」と首を振った。
「琥々。良い時間を過ごした。――が、ここまでじゃの」
 世界にまた、動きがあった。それは。
「……四角……?」
 中空の。何もない空間に、立方体のようなものが浮かび上がった。
『皆の者ッ! 出現したぞっ。奮起せよっ。地球の者共も同様じゃ。琥々ッ』
 カゲトラの軍勢が動き出す。
 それらは立方体を時には攻撃し、時には投網のようなものでからめ取っていく。
「な……なんじゃ……?」
『む? 知らぬのか? ……道理での』
 立方体は最初は微動だにしないが、やがて振動を与えると分裂するように増えていく。
 そして、回転するように跳ねまわり、周囲を破砕。そしてその破砕箇所から、新たな立方体が生まれる。
『流体と呼ばれたり、NothingOneと呼ばれたり、C.A.Zと呼ばれたり……余は宇宙モグラと呼んでおるが、の』
 言葉が終わる前に、ガオウが吠えた。
『おお、ガオウ。踊り食いが良いか。琥ッ。そのための遠征でもあるしのっ』
 エウロパは慌てて通信網を開いた。
『緊急に連絡いたします。ドッペルゲーのコントロールは解放いたしました。心ある方々は今すぐ乗機し――カゲトラ軍と共に、宇宙モグラを撃退ください。――以上』
「ウパ江君……知っとったのかね?」
「いえ、まったく……。とは言え、これで合点がいきました。このカゲトラ軍の正体。それは――」
 カゲトラは笑う。
『うむ。滅多に起こらぬ宇宙モグラの大量発生よ。生物とも非生物ともつかぬ物体。資材にしてよし、エネルギーに変えてよし。さらには』
 ガオウが叫ぶ。
『喰ってよし、じゃ』
 言う間にカゲトラ軍は宇宙モグラを撃破回収し、そして撤退して数を減らしていく。
「モグラハンター……」
『安心せい。正規軍と、この辺境の星に興味のある冒険者は残るはずじゃ』
 すごくめんどくさいのが残るなぁ……とトロイは思いながら。
「つまりは張子の虎の軍勢じゃったか……」
『正規軍だけでも壊滅はさせられるが、そんなものは余の望むものではないしの』
 珍しく琥とは笑わず。
『さて――来るぞ、大物が』
 言った直後、ガオウカゲトラと、トロイ達のドッペルゲーの前に巨大な立方体が現れた。
 それは幾多の立方体で形成され、そのそれぞれが自由に回転をおこなっている。
 そして形が組み変わり、立方体から六面体、そして十二面体から――。
「ぬ?」
 正十八面体に見える形で固定された。次第にそれは光を吸収し、闇を放ち始める。
『琥々ッ。これは面妖!! いや破廉恥ッ!! ぜひともガオウに食わせてやりたいのっ』
 して。とカゲトラはドッペルゲーへと振り向いた。
『一緒に狩らんか? ――いや、こうか』
 頷き。
『手伝ってくれぬか? あとで料理のしかた教えてやるから……の』
 そう言って。
 仕方ないので、トロイ達は宇宙モグラを退治して。
 そして。
 気がついたらカゲトラ一行は宇宙のどこかへ消えて行った。
 100年後、また様子を見に来ると、そう言って。

○――

#後日談#