不動醍醐は街の中に居た。
 本来の半日休息日であるが、その表情は少し不満そうだ。
「ったく、何が『醍醐。ちょっと調子に乗ってないか?』だ」
 鋼希望衛士、春香さくらに言われた言葉だ。もっとも、さくら自身から言った言葉ではなく。
「いやー、すみません。今日も俺一人活躍しちゃって」
 という、醍醐の一言を受けてだった。
 続けて両国竜吉も。
「調子に乗ってるな」
 神田修一、佐藤拓、柊千草の醍醐と同期の三人も同様に。
「調子に乗ってるなぁ」「調子乗ってるよな」「調子に乗るな」
 と最後だけ辛辣だった。
「あー、何だよみんなして俺をまだまだ半人前みたいに……」
 醍醐自身はトップエースの自負もあるし、事実そうでもあった。
 少しは自分がリーダーシップを見せて引っ張ることも、今後は必要だろうとも思っている。
 だからこその言葉でもあったのだが。
「……何を外したんだろうなぁ」
 そんなことを考えながら。街をぶらりと歩いていた。
 場所は商店街。食べ歩きのできる買い食いルートの一つだ。
 赤や青に白字のノボリ。そんな街中で、一つのざわめきがあった。
「俺、そんなに有名になったかなぁ……」
 と。そんなことはないだろうと半分思いながら、半分期待してざわめきを見た。するとそれは醍醐を見ていない。
 なんだ。とがっかりしていると、その中心は有名人のようで。
「きゃーっ、いい食べっぷりですねーっ」
「たべてー。イモフライ食べてーっ」
「たーいーやーきーっ。こっちのタイ焼きもおいしいですーっ」
 かしましい、と表現できるその内容は、食べて食べてのオンパレードだ。
「関取でもいんのかな……」
 そう思い、醍醐は人ごみの中心を背伸びして覗き込んだ。
 すると。
「琥々ッ。押すでない押すでない。余はお忍びで来ておるのじゃ。……おおっ、イモフライもうまいのぅ」
 独特の笑い声と、隠しもしない獣耳。
 宇宙武将カゲトラが、和服の様な姿でそこにいた。

○――

 殺気があった。
 先ほどまでと同じ商店街。食べ歩きの道すがら、人通りも多く、何より有名人であるカゲトラがいるため人が停滞している。
「カゲトラさまーっ。次はかき氷ーっ」
 しかしそれは、周囲に放つようなものではない。
「琥。余は忍びできておる。今はただのトラさん。ふーてんのトラさんじゃ」
 そしてかき氷を受け取り。
 瞬間だ。
「ッ!」
 殺気が醍醐に届いて、反射的に身体が構える。
 しかし。
「一気に喰らうと、いかんのじゃな?」
「きーんっ、としますよ。きーんとっ」
 周囲はその殺気に気付かない。
 いや、一部。ごく一部が違和感に気付いて、一人、また一人と本能的にその場から去り始めた。
「そうか。んむっ。これは風情があるのっ」
 そしてまた笑い、喰らい、殺気を飛ばして、また笑う。
「それじゃーねー、トラさんバイバーイ」
「達者でのー」
 ついには、周囲の人はすべて去り、残されたのは満足そうなカゲトラと。
「……はぁ……はぁ……」
 汗だくの、醍醐だった。
「まぁ、気を楽にして座るが良い。無双の双主」
 カゲトラが笑って、商店街中央の休憩用長椅子を指した。そこには先ほどの群衆が置いて行った食べ物や飲み物があり。
「良く反応しきったものであるな。良い動体視力と反射神経じゃ」
 醍醐は言われるままに椅子に座り、炭酸飲料を口にした。
「そしてその体力と精神力。……続かなければ、頭から喰らってやるところであったぞ?」
 いたずらっぽく笑うが、醍醐にはそれが本心だとわかっていた。
 殺気の正体は、カゲトラの動きだ。
 物を受け取る動作の中で、自分を殺すことのできる動作に繋がる瞬間だけ力が入る。
 それだけを、当たり前のようにずっと行い、そして醍醐もすべて反応して小さく身構えた。
 身構えなければ、そのまま殺しにかかってくるからだ。
 自然界において、肉食獣が獲物の周りをゆっくり回る、その様子に似ている。それよりタチが悪いのは。
「まぁ、戯れであるよ。今の余はトラさん。ふーてんのトラさんであるからな」
 その一点だ。
「それとも」
 瞬間、べろりとカゲトラは舌なめずりをして。
「シモの戯れでも、してみるか? 無双王の双主ともなれば、良き子種を放つであろうな」
 ぞわり。醍醐の全身が総毛立った。それは快感を想像してではない。
 本能的な、恐怖。
 “食われる”という、一点だ。
「……で、そのトラさんはなんでこんなところに。最近ちょこちょこテレビにも出てるし」
 話題を逸らした。
「何じゃ、操でもたてておるのか? 誰じゃ? 余の知ってる者か? ニワちゃんか?」
 ニワさんしか知らないのはわかった。
 それはそれとして。
「……いや。んー」
 何か、もやっとする気持ちはある。
 誰かの顔が浮かぶような。でも、無理に引き出すと、なぜか撫子が出てきて、それは妹ポジションだ、そういう対象じゃないしな。と余計にもやっとする。
 誰か。いる気もするけど、無理に気付くのも違うような。
「んー」
 唸っていると。
「……そうか、男か。衆道か。……そっちか……。坊主であるしな」
「ち、違うっ。これは剃ってるだけ……坊さんも衆道関係ないし、なんだそのがっかり感っ」
 そもそも、何故そういうピンポイントな知識はあるのだろうか。確かカゲトラは御護・エウロパと同型のアンドロイドを地球に派遣して情報収集をしていたはずだ。……ああ、原因が一発でわかった。
「俺はいいから、あんたはなんでここにいるんだよ」
「なに。市井を見るのも余の務めである。メディア戦略も必要とか聞いたことがあるが、よくわからん」
 わからないのは、アンタの身軽さだ。と醍醐は思うが仕方ない。
 それにしても。
「あんた、いいのか? 俺が部隊を呼べば、すぐに――」
「すぐにこの街を包囲かえ? 琥っ。その程度で余を封殺できるものか。――こんな良い街、余は戦場にしたくないぞえ?」
 どの口が言うのか。と思った時に、口元にイモフライが届いた。
「ほれ。イモフライ。四つ切のジャガイモがサクサク衣に包まれて、ソースがかかっておって、うまいのじゃ」
 食べる。
「ひっへる」
「知ってる。と言うのか。そうであるな」
 カゲトラは鼻で笑い。
「鬼の侵攻、外宇宙からの侵略者、未知の怪異、その他人知の及ばぬ破壊の痕跡」
 言う当人も、タイ焼きを一口。炭酸飲料で喉に流し。
「――まったくに、乱痴気騒ぎであるな」
 その一つはアンタだよ。と突っ込もうとしたが、口にはまだイモが残っている。
 それをもごもごやっていると。
「て、てぇへんだ、てぇへんだっ」
 人々の流れが、生まれる。
「お、鬼が現れやがったっ。トラさん、あんたも逃げな――」
 逃げ惑う人々の中。カゲトラは立ち上がり。
「借りるぞえ、主人よ」
 ノボリを一つ。手にした。
 狭い商店街の路地。人々が流れ。そして巨大な鬼のロボが、一体。
 棍棒を振りかぶり。
 カゲトラめがけて、振り下ろした。

○――

 棍棒は大地に埋まっていた。
 その隣には、カゲトラと、潰れ、曲がったノボリがある。
「ふぅ……」
 カゲトラが息を整える。
 醍醐は見ていた。
 カゲトラが、生身で棍棒を“切り払う”のを。
(なんて技量と切り払いレベルだよ……ッ)
 尋常ではない。物理法則もあったモノじゃないと思う。そもそも棍棒とノボリ、質量が違いすぎる。
 それを。
「ふむ。やはり中空では耐久に難があるの」
 捌いた。
 真っ直ぐの打ち降ろし。とはいえ、地面に打ち付ける動きは、ロボとは言え最後は手首のスナップになる。
 手首は、人型と同等であれば、内側にひねる可動域を残しており。
 結果だけ見れば、カゲトラの頭上で、弧を描いて棍棒が避けた。
 それは棍棒の先端部分にのぼりを当て、ロボにとっての内側に棍棒を導いただけであるが、先の質量差がある。常識としてそんなことができるはずがないのだ。
「どうした。当代双主。お役目を果たさんのかえ?」
「言われるまでも、ないっ」
 背後。無双王が現れて、醍醐が乗り込む。
 その姿は重厚。力士や仁王を思わせるフォルムと顔立ちだ。
「顕現ッ。武天鋼人無双王ッ」
 その姿をカゲトラは見上げ。
「さぁて、ただのトラさんは……どうするか、の」
 頬に拳を当てて、小さく笑う。

○――

 一対一。体当たりで商店街から少し押し出すその場所は、開けた場所だ。
「ここでならっ」
 鬼のロボが、棍棒をふりかぶる。
 ならばと醍醐も自在錫杖を構え。
「あいつに出来て――」
 棍棒へ突き込む。
「俺に出来ない道理はないッ」
 弾く。
 しかし。
「ぬああっ」
 衝撃が走った。捌き切れず、小手打ちとなったのだ。
 シールド代わりとなったが、カゲトラのように完全にいなしたわけではない。
「も、もう一度っ」
 無双王の動力、天尊輪光の輝きが一時高まる。――しかし、それは一瞬だけだ。
「なっ、どうした無双王っ。ここからが見せ場だろっ」
 一撃を喰らう。今度は直撃だ。
「ぐ、ああっ。どうした無双王っ。いつもみたいに力を貸してくれ。無双王!」
 しかし呼びかけに無双王は応えない。
 声が聞こえた。
『クックック。我ら崇王鬼様が配下。四頂下鬼衆の一番、下衆イチ。四人集まれば四震王鬼様にも匹敵すると言われる実力を見たか』
 その程度であれば、無双王が遅れをとることはない。
「無双王、出力を上げてくれ。吽形型で無双旋風を打ち込めばそれで終わるッ」
 叫びに応え、無双王が天尊輪光の出力を上げ、そして。
「行くぞ――ッ。無双王・吽形奥義ッ」
 無双王の各所が展開し、姿を変えていく。
 胴や手足首は締まって細まり、手足が伸びる。
 足、腿、胴、手首、腕と順に締まって、首が締まると同時、顔が開いた。
 引き締まった「吽」の口。
 眉から、そして髪天から炎を吹き出し、変形は完了する。
「くらえぇっ、無双旋風ッ」
 叫びを気合に乗せ、掌底を鬼のロボへ叩き込んだ。
 掌底は螺旋状の風を纏い、そして敵を粉砕する。
『ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』
 塵芥。鎧袖一触。
 無双王の完勝である。
 しかし。
「はぁ……はあっ……」
 パイロットである醍醐の疲労はピークに達していた。無理矢理吽形形態を引き出したため、肉体へも精神へも多大な負荷がかかったのだ。
「なんとか……なった」
 無双王の眉の炎が消えて、阿形形態へと戻る。
 するとそこへ。
『ククク、今のは我ら四頂下鬼衆の中でも一番の小者』
『よくぞ役に立った下衆イチ鬼』
『後は我らが始末いたします。崇王鬼様っ』
 残り三体の、四頂下鬼衆ロボが居た。

○――

 無双王は、満身創痍であった。
 ダメージ自体は大きくない。しかし、エネルギーの枯渇と、何より。
「……くそっ」
 パイロットの疲労。それにより、戦闘は難しい状態にあった。
 それでも。
「戦うぞ……無双王。俺に力を……最後まで……」
 その時だ。
 天がにわかに曇り、雷鳴がとどろいた。
「待てい!」
 よく響く声と、喉を鳴らすような短い笑い。
 四頂下鬼衆はあたりを見回し。
『な、なにやつ』
『姿を見せろっ、卑怯者め』
『あ、あそこだっ』
 指をさしたのは、崖の上だ。
 そこには。
『虎!?』
 下半身が虎、上半身が角の生えた人の、巨大なロボが居た。カゲトラの駆る、半身ともいえるロボ。ガオウ・カゲトラだ。
「そう、虎じゃ。虎の影から市井を見る、トラさんじゃ」
 じゃが、の。と続けて。
「天下の魍魎、跋扈の市井。破軍の虎がしかと見た。――牙謳の姿は黄泉の国への片道手形。この影琥があの世への引導渡してくれる」
 四頂下鬼衆はにわかにどよめき。
『え、ええいっ。相手は一機』
『対するこちらは三鬼』
『卑怯は我らの専売特許。いざ、尋常に勝――っ』
 勝負。と言う間際。
 虎が吠えた。
 叫びはそのまま炎となって、一機の周囲を包む。
「牙謳火炎(ガオウファイヤー)」
『ひっひいっ』
 続けてガオウ・カゲトラは指を立て。
「影琥雷電(カゲトラサンダー)」
 一つ、二つとイカズチが鬼の周囲に落ちる。
「さぁ――野洲鬼八切節(やすきやぎぶし)を見せてくれる」
 平たく巨大な刃を両手に持って。とんとん、と軽く柄の部分をガオウの肩に打ち付ける。
 次の瞬間には、同じリズムで炎の中に居り。
「琥、琥、琥琥ッ!!」
 縦、横。そして×印を描くように、計四刀。
『ひあああ!?』
 八つ切りだ。
「世が世なら、余と共に往く瀬もあったろ……の」
 ガオウが残骸を一つくわえて。そして振り向けば、鬼ロボは爆発四散した。

○――

 醍醐はその圧倒的な戦闘を見ていた。
 バケモノが居る。
 自分が苦戦した相手をいともたやすく撃破した。それが味方であれば心強いが。
「どうした、無双の双主。戦えぬなら、余がすべて喰ろうてしまうぞ?」
 戯れだ。
 この人物は、戯れで戦を行っている。
 戯れの、侵略戦争だ。でなければ、「トラさん」などとうそぶくわけがない。
「負けて……たまるか」
 精神を、心を奮い立たせ、無双王にもその意気を伝える。
 それに、無双王は応えた。
 対してカゲトラは少しつまらなそうに鼻で笑い。
「どちらを見ておる。余と、お主の敵はあっちじゃ」
 二刀の刀を一本に繋げた槍で、鬼を指す。
「よいか? 余がこの姿を現した。それは、余の軍が動くことを意味する。ゆえに……2ターンじゃ。攻めて応じて、攻められて応じられる。そのセットが二回」
 琥と笑う。
「人が動けば空気が動く。余が動けば軍が動く。故に余は、2ターンで撤退をする」
 醍醐はただ、その言葉を聞いていた。
 2ターンで撤退。勝つとは言っていない。
 ふざけている。
「意味を、考えよ。余は、こんなところで“お主ら”と戦いとうはない」
 この戦闘力なら、全力を出せばあの二鬼程度にはその間に倒せるはずだ。
 あとは残った自分との戦闘。しかしその頃には撤退をするという。
 戯れだ。
「なめ……るなっ」
 それを聞き、カゲトラは琥と笑わず。
「……そうか。では、ゆくぞ」

○――
勝利条件:
四頂下鬼衆の撃破。
および、無双王のHP30%以下
敗北条件:無双王の撃墜

熟練度取得条件:
2ターンPP中に四頂下鬼衆を一機撃破

他:カゲトラに援護防御スキルはない

○――

 不動醍醐は焦っていた。
 一撃でも多く敵を打ち、一機でも多く敵を倒そうと。
 だから。
「ぐああっ」
 反撃で、ダメージを受けた。あと一撃、耐えられるかどうか。
『ここで引導を渡してくれるっ。無双王ッ』
『後で仲間も送ってやるぜぇぇぇぇッ』
 仲間。
 その言葉に。
「無双の双主――根性をみせいッ」
 はっとする。
 そうだ。自分には、仲間がいる。だから。
「一撃――耐えて見せるッ」
 自在錫杖。
 切り払いには使えなかった。いや、自分の技量、スキルが足りなかった。
 だから。
「旋回ッ」
 盾として、展開した。
『悪あがきをッ』
「であるが、余の動く隙を与えたの」
『ぎぇ!?』
 一機撃破。
 残りは一機だ。
「さて。答えは出たかの。余が撤退する理由が」
 そうだ。わかった。
「あんたの軍が、すぐに到着する」
 そして。
『不動闘士! 無事ですか!?』
 通信。鋼希望本陣からだ。
「無事です……」
 そう。
「持ちこたえます。なんとしても。俺と、無双王で!」
『了解。すぐに遊撃部隊が到着します。――御武運を』
 カゲトラの撤退する理由。それは。
「……俺は。一人で戦ってたわけじゃない」
 カゲトラがわらう。
 喉の奥で、小さく一つ。
「無双王の力を借りて、戦ってきた」
 そして。
「仲間と共に、戦ってきた」
 だから。
「あんたがこのままいれば、カゲトラ軍とうちの部隊が鉢合わせをしてしまう」
「余は宇宙武将である。それでもそれを望まぬと?」
「トラさんは――きっとそんなことは望まない」
 そして今度こそ、カゲトラは声を出して笑った。
 か、とも、こ、ともとれる高笑い。
 長く。高く。快く。
 その笑いを打ち消す叫びがある。
『崇王鬼様ぁ、お助けをっ。援軍をぉぉ』
 そしてガレキの上。緑の小鬼が居る。
「いいでしょう。――あなたたち、四頂下鬼衆の真の力を見せなさい」
『し、真の……ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』
 悲鳴。そして崇王鬼の哂い。
「半端な魂を一つにして一時的に鬼魂を高める――鬼法『下衆ノ極』。四人集まれば我らに匹敵なんでしょう? 良かったですね。この戦場ではそうなれますよ。……そして燃えつきますけどね」
『こ、この外道鬼がぁぁぁぁぁぁぁぁっ』
 怨嗟の声は、次第に単音の嘆きのみへと変わる。
 そして機体もさらに巨大でいびつなモノへと変わり果てた。
 対する醍醐とカゲトラは。
「さて、時間であるな」
「そうだな」
 動揺一つない。
「手助けは、請わぬか?」
「日邦の平和は俺たちが守る。任せておけ」
 頼もしいの、とカゲトラ。
「……俺はもう、無双王を頼らない」
 満身創痍。そのはずの醍醐の言葉には、ハリがある。
「力を貸してくれだなどと、もう言わない」
 告げる。
「だから」
 顔を上げる。
「力を貸すぞ! 無双王ッ! 立ってさくら達を迎えるんだッ」
 阿――吽。
 無双王が、応えた。
 重厚な阿形から、引き締まった吽形へ。
 眉が燃え、髪が長く炎を引き。
 そして。
 その背には、今までの吽形形態にはなかった後光輪がある。背負うべき、光の輪だ。
 集合鬼ロボ“下衆ノ極”は、怨嗟と嘆きのままに巨大な棍棒を打ち降ろす。
 それを無双王は自在錫杖で完全にはじき。
「そうじゃ。琥ッ。双方他に並び立つ者無き故に、無双ッ。それでこそ当代無双の双主である!! 琥々ッ。血が滾るっ、心が躍るっ! いつぞまみえるぞ、無双の王よ。宇宙の武将カゲトラは、ガオウは、その日を楽しみにしておるぞっ!」
 見届けたというかのように、ガオウ・カゲトラは天を駆けて去って行った。
 そして、自軍が到着する。それと同時に、数機の鬼ロボが展開して、しかし緑の小鬼の姿はなくなっている。
「仕切り直しだ。“下衆ノ極”。当代操主・不動醍醐と、天下無双の武天鋼人 無双王・吽形ッ」
 無双王が相手を見つめ。
「人に仇なす人外に、容赦はしないッ」
 見得を切った。

○――

勝利条件:敵の全滅
敗北条件:味方の全滅

熟練度取得条件:なし

○――

 戦闘後。基地に戻った醍醐は、まず皆に大声で叫びながら頭を下げた。
「どうもすみませんでしたっ」
 竜吉が明らかに不快そうに「あ゛?」と応える。
「自分っ、調子に乗ってましたっ。すみませんでしたっ!!」
 その全力の謝罪に。
「ああ、そうだな」
「いつもの事だな」
「今に始まったことじゃないから気にするな」
「居るよね。いつも誰かが自分を評価してくれてると思ってる勘違い野郎」
 最後がひどい。たぶん千草だ。
 それはそれとして。
「みんなのおかげで――みんなが居るから、無双王も安心して吽形の姿になれる」
 誰かが、「安心して?」と問えば、「いや、なんとなく」と醍醐が答えたので、また適当だなぁ、とみんなが笑う。
 その中で。
「なぁ、醍醐」
 さくらが問う。
「私には意味が分からないので教えてくれ」
 おう、と醍醐。
「醍醐は、“これ”なのか?」
 そのジェスチャは、片手の甲を反対側の頬へと向けて立たせるもので。
「だ、だれだぁっ!? わけのわかんねぇデマ流すのはっ!?」
「トラさんからメールで聞かれた、と索想部隊の子が」
「あんのトラァぁぁぁあっ」
 あれはやっぱり敵だ。というかまだあのトラメールとかするのか。
「そして、索想部隊の子が“やっぱり相手は両国衛士かしら”“闘士が受けで、衛士が攻めとか倒錯的よねっ、フケツッ”と」
「醍醐……貴様……ッ」
「おおおおおおおれも被害者っすけどぉぉぉぉぉぉぉっ」
 ドタバタやっていて、さくらの疑問はちっともはれず。見かねた撫子が。
「さくらさん。あのですね」
 と、ざっくり意味合いを伝える。
 そしてさくらは「ありがとうございます」と会釈。撫子も「いえいえ」と返す。
 だから、問う。
「醍醐は、“これ”なのか?」
「二度も問うなぁぁぁぁっ。俺はノーマルだぁぁぁっ」
 ノーマル? と小首を傾げれば、撫子が説明して。
「なるほど。……で、相手は?」
「いるかぁぁぁぁっ」
「居ないのか」
 素直に問い。
「あ? ああ、居ない……。も、もちろん、性別問わずだっ」
「そうか。良かった」
 さくらはそれを聞いてほっとして。
 小首をかしげる。
 撫子は「あら?」と気づきしかし。
「良かったですわね」
 そしてさくらも、何が良かったか理解しないまま、相槌を打つ。
「はい」
 何か色々と、思う。それらすべてをひっくるめ。
「良かったね、醍醐」
 醍醐も勢いで「何がだよ」と言いそうになったが、さくらが幸せそうに「良かったね」と言うので。
「あー……そうだな」
 思えば。この一日は、おそらくきっと、良い一日だったと思う。だから。
「ああ、良かったな」
 できればこの気持ちも、さくらと共有したいとも思いながら。
「今日も日邦を護れた」
 だから。
 よかったよかった。

○――

 荒野。広い大地に、残骸が落ちている。
 カゲトラ軍のロボだ。
 各星々の混成部隊。それが獣の機械を駆って、さらに多くの多星を制圧し、曰く平定する。
 そんな軍隊の一つが。
「ふざけたマネをしてくれたの……鬼よ」
「どの口が言うか。異物」
 壊滅していた。
 獣耳の女傑――カゲトラの前には、青鬼が居る。
 細面の銀髪。二本角の至王鬼だ。
「たかが宇宙の虎ごときと遊ばせておいた私の不始末ではある。しかし、今回の動きは目に余る」
 対するカゲトラはいつもの笑いだ。
「して、余を如何にする?」
「――不可侵条約を結びたい」
 琥。
 一つ、カゲトラは笑った。
「さかしい。賢しい鬼よのぅ……」
 泣きそうに眉根を詰めて。
「何がそれほど大事であるや?」
 対し、至王鬼は答えない。
「余に、支配されて共に覇道を進まぬか?」
「憐憫も、施しも受けぬ。我等が王は、暗鬼羅王ただ一人」
 そうであるか、とカゲトラは息を吐き。
「そこな鋼希望の王よ。この調停、いかんとす?」
「私は王ではないよ。最も力のない、天将だ」
 詭弁を、と青鬼が不快をあらわにする。
「私からの提言は一つ。――カゲトラ殿、暗鬼羅からの護国は、我ら鋼希望に任せてはもらえないだろうか、ということだ」
 ふむ、とカゲトラは頷き、至王鬼は不快の顔を濃くする。
「実に政治的である。琥ッ。食えぬな、大絶院天将ッ」
「話しが付いたならば、私はこれで去る。――宇宙の獣よ、此度の不躾、報復など考えるなよ」
「琥々ッ。この世を平定した後はうぬらの世界である。――それまで、任せる。生き延びよよ? 地の底の鬼共よ」
 傲慢な。と、青鬼が消えて。
「さて、天を冠する人の将よ――」
 振り向き。
 いない。
「食えぬなぁ……」
 苦笑い。それを心地よいと思いもしながら。
「さて。この世は我が世か、傍の世か……」
 笑う。
 嗤う。
「余は、余の働きをするのみである。――そうであろう? 我が民よ」
 言って。
 そして、宇宙の獣も、消え去った。