==>[C-20]『姫騎士と山岳要塞』
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Clown_Garuda, 八尺8r
EU寄りの中東。かつて王都と呼ばれた場所から約100km離れた山岳地帯に、巨大な砲塔があった。 山岳要塞『ニドヘガ』。 早朝の冷え込みにもかかわらず、そこにはすでに人の動きがあった。 「いちっ、にいっ、さんっ……しぃ。いちっ、にいっ、さんっ……しぃ」 声の主は女性。ブロンドの髪を背後に流し、ドレスのような甲冑を着込んでいる。 近くに置いてある携帯ラジオの音楽に乗る、規則正しい掛け声は、重厚なランスを突き込む動きだ。 「いち」で右手のランスと同時に右足も前に出して踏み込む。腕の角度はほぼ直角。 「にい」で左足を右足の後ろに垂直に移動。同時に右手をえぐり込むようにランスをさらに前に。 「さん」でさらに最大限ランスを押し込む動きを作る。 「しぃ」で引き戻して、また「いち」につながる。 そんな動作を、10回5セット行い、女性は一息ついた。 「やはり朝から身体を動かすのは気持ちがいい」 ジョギングで近くを通りかかった男性に「姫様、今日も精が出ますな」と声をかけられ、「お互いにな」と笑顔で返す。 山岳要塞『ニドヘガ』は、もはや機能していない要塞だ。 亡国の姫とそのシンパが住んではいるが、彼らにもはや復古や王都奪還の意思はない。 そんな旧政権の残党ともいえる彼らが滅ぼされず暮らしていけるのは、『ニドヘガ』の3000mm長距離砲が旧王都を狙っているからだ。 もちろん、発射をしてしまったらそれで終わり。より巨大な武力によって滅ぼされる。しかし、現政権としても被害は被りたくない。 いわば、現政権からお目こぼしをもらっているようなものだった。 「さて、自主練を続けるか」 今では『ニドヘガ』は巨大なマンションの様相を呈している。 その中で亡国の姫が担う役割は、在りし日と同じ。 国防だ。 彼女は『姫騎士』と呼ばれ、東洋から技術者を呼んで建造させた【媛】(ヒェン)というロボットに乗って前線指揮をしていた。 かつて敵はその姿に震え、隣国や周辺の軍隊も怖れるほどだった。 しかし、時代はAI制御の戦闘兵器群が主体となる戦闘に変わった。 「……結果はご覧の有り様だよ」 自嘲。 しかし、一度小さく笑っただけで鍛練は怠らない。 ふと、BGMとして流していたラジオにノイズが入る。 「ん。妨害電波か?」 そう思ったが、遠く、走ってくる初老の男を見て、考えを改めた。 「どうしたっ、じいっ」 「ひ、ひめさまっ。現在『ニドヘガ』上空に、所属不明の戦闘機が旋回中でございますっ」 ふむ。と姫は身支度を整えて駆け出す。 「数は。高射砲は届くのか」 「一機のみです。高射砲はまだ届きませんが、発射しても20秒ほどしか」 「垂直落下してくるつもりなら充分だ。使い切っていい。私は【媛】で待機する」 じいと呼ばれた初老は、「ははぁ」と深く礼をした。 ○―― 姫が『ニドヘガ』格納庫の【媛】に辿り着いた時、事態は一つ先に進んでいた。 「……高射砲をすり抜ける機動性だと……っ」 モニター越しに見るその戦闘機は異様な形状をしていた。 サメや爬虫類の頭蓋骨の様な形状の中心に、球体の様なものがあり、淡く光を反射している。 上からみれば、スペードの様な形にも見えるだろう。 それが、丁度3000mm長距離砲とその中枢制御室の反対側の格納庫に降り立った。 そして、何をするでもなく止まっている。 「……じい。機体の照合は」 「もう少々お待ちを」 「では、私は接敵する」 「お気を付けて」 姫は【媛】を戦闘状態に移行。 状況を、開始する。 ○―― 勝利条件: 正体不明機(グルル)に隣接する。 敗北条件:なし 熟練度取得条件: ??? 他:姫騎士は精神コマンドに「加速」持ち ○―― 姫は一歩を踏み込み、ブーストを吹かせた。 【媛】に飛翔機能はないが、地上での姿勢制御と機動、加速用にブースターが付いている。 【媛】の姿は、まさに姫騎士そのもので、白を基調に金のラインで彩られている。謎の金髪まであるが、そのあたりはさすが東洋の技術者だと姫騎士は思っていた。 姫騎士のパイロットスーツも、先ほどの甲冑のままだ。 甲冑に見える部分は、内部で固定するためと、動作の一部をトレースするためのハードポイントを兼ねている。 スカート部も同様にフレア状に広がっているが、可動域確保のため、下腹部から下の前面、いわゆるデルタゾーンが丸出しになっている。時々子供から「ハイレグ姫」だの「Vの字姫」だの言われるが、もう少し言い様はないものか。 機体の武装はランスとシールド。そしてシールドの裏に仕込んだボウガンが数本。 白兵戦仕様だ。 「さて」 ブーストの加速に対して、自分が一歩、前に出る感覚を、姫は得る。操縦している、というよりは、身体を動かしている感覚に近い。 長い格納庫の中には、何機かの整備用ケーブルに繋がれたままの量産機【歩】(ホフ)がある。 「お前たちは待機だ」 『はっ。一部先行しております』 「了解した」 そして二歩目。 そこで敵機が見え。 『姫様危険ですっ。お下がりくださいっ』 じいの声が聞こえた。 同時に、格納庫のいたる所から這い出てくるものがある。 長く黒い、うねるそれは。 「触手!?」 整備用ケーブルだ。 それらはそれぞれが意思を持つようにうごめき、【媛】に絡みついた。 「くっ」 手足を拘束され、無理矢理に脚を広げさせられる。 内部の姫には直接ダメージはないが、そのままにすれば肢体がもがれるような力だ。対抗するように操作をすれば、姫も自然と似たような格好になる。 「なんたる屈辱……っ」 『姫様、敵の正体が判明しました。暴走AI――グルルです』 噂話には聞いていた。AI統率用のマシーンが暴走し、各国で殺戮を繰り返していると。 それがまさか、こんな残党の元に現れるとは。 「……違う」 違う。目的は、自分たちではない。 「じい!! 3000mm長距離砲の状態、早急に確認しろっ」 自分は今手が離せない。集中を切れば、あっという間に触手のなぶりものになるだろう。 『3000mm長距離砲……発射準備予備状態!? 目標、旧王都ですと!?』 「わかった。それは私が止める。じいは現政権に事態の説明を頼む」 『はっ』 通信が切れて。 選択肢は二つ。 グルルを破壊するか、長距離砲の制御を奪還するか。 だからまずは。 「先行隊っ、ぼーっとせずに撃てっ」 【媛】とグルルの間に居た先行隊二機の【歩】へと指示を出し。 『ひ、姫様……』 『こ、コントロールがっ』 気付いた時には、【媛】の前後に【歩】がいた。 ○―― 【媛】は上下に揺さぶられていた。 背後の【歩】が触手と一緒に【媛】を浮かせ、落ちてくるところに、前の【歩】が【媛】の股間に膝を入れる。 地上高機動型の【媛】にとって、股関節部分は非常に重要な部位だ。同時に、【媛】全体をゆさぶるので姫自身にもダメージが入る。 「や、やめっろ、お前たちっ」 『で、ですが姫様っ』 『抑えがきかなくてっ』 がくがくと揺れる機体に、うごめく触手。 その先端が、幾度とない打撃で露出した股間接続部に触れる。 「い、いれるなっ。そんなもの挿れたら、お、おかしくなっちゃう。やめてっ、お願いよぉっ!!」 接続した。 ぶるり、と、【媛】の身体が震えて、ぐったりと弛緩する。 【歩】と触手が離れて、床に落ちた。 破損による潤滑油漏れと、触手がメンテ用に出す白濁したグリスで股間はドロドロになっている。 【媛】は、グルルに屈したのだ。 ○―― 3000mm長距離砲。 その狙いは王都にさだめられ、発射準備が整った。 本来、発射には中枢制御室での物理ロックを外して、発射ボタンを押す必要がある。 その発射ボタンは、ロボでしか押せない大きさで、基本的には【媛】が押すことを想定して作られている。 それを無理矢理、グルルは解除した。 スレイヴ状態の【歩】を使い、物理ロックをこじ開け、押した。 『警告。警告。300秒後に3000mm長距離砲を発射いたします。繰り返します――』 『ニドヘガ』内の人々は、諦めた様子だ。 要塞の周囲には、すでに政権側の待機部隊も展開している。 多くの人が死に、自分たちも死ぬ。 「悪あがきも、終わりか」 誰かが言った。 瞬間だ。 高い金属音が、格納庫に響いた。 「私は諦めないぞッ」 生身の姫騎士だ。 彼女は手にしたランスの一撃で、【媛】と触手の結合を破壊。油まみれになりながら、再度【媛】へ乗り込む。 「いくら機械を屈服させようと、中の人間は屈しないッ」 「ですが……姫様。もう」 「くどいっ。私は二度と王都が焼かれる様を見たくはないっ」 故に。 【媛】のバイザー越しの瞳に光がともる。 「中枢制御室を取り返す。絶対に機械になんて、負けないんだからっ」 戦闘が、再開された。 ○―― 勝利条件: 【媛】の中枢制御室到達。 敗北条件: 【媛】の撃墜 5ターン目のPPをむかえる 熟練度取得条件: 3ターン以内に【歩】をすべて撃破。 ○―― 【媛】は集中し加速する。 グルルには背を向けて。 「今はあなたと遊んでる時間はないっ」 そして行く手を阻む【歩】。 『わ、我らに構わず先へっ』 「あなたも騎士なら根性でコントロールを奪い返しなさいっ。それができないならっ」 【歩】の攻撃を回転の動きでかわし、 「私が止めるっ。うまく脱出して騎士の誇りを取り戻しなさいッ!!」 『は……はっ! 姫様!!』 盾による、一撃。そのまま壁へ押し付け。 「一の型ッ、“ハメ殺し”ッ」 姿勢の崩れた【歩】に、ランスのもう一撃。 それで【歩】は沈黙した。 姫騎士は盾とランスを駆使し、時折ボウガンで触手を牽制。駆け抜けるようにして。 『姫……』 『姫騎士様――ッ』 ランスを刺して、さらに押す。円錐の形状は、そのまま抜く動きに繋がり。 『警告。発射まで120秒――』 【歩】をすべて撃破し、中枢制御室へと辿り着いた。 『姫様ッ』 じいの声に。 「わかっているよ。――皆を頼む」 『……ひめさまぁ』 通信を切り、 「……ふぅ」 構える。 中枢制御室の制御キー。【媛】のランスがすっぽり入るその穴へ。 「いちっ!」 入れた。 同時、グルルの支配下にある『ニドヘガ』が【媛】をコントロールしようと制御信号を送り込んでくる。 だから。 「にいっ!」 抜かずに二発目。 中枢制御装置が物理的に悲鳴を上げる。 ――もってよね、【媛】。 「さぁんっ!」 抜かずの三発。 制御装置の奥の奥。グリスや作動油が噴出して。 「……し。には、戻せないわね」 『ニドヘガ』の全機能が、停止する。 グルルはその瞬間飛び立ち。そして。 「おやすみ。ご苦労様『ニドヘガ』」 ショートした電装系から火花が散り、そして中枢制御室は炎に包まれる。 【媛】の腕は制御装置の残骸が完全に噛んでいて引き抜けない。 グルルから【媛】を解放する際、油まみれになった姫騎士は、まだ熱の伝わらない【媛】の中で目を閉じた。 「ああ」 願うのは一つ。 「我等弱者に導きを」 そして【媛】は。完全に炎に包まれた。 ○―― (以下、熟練度達成のみ) ○―― 姫騎士は、とある施設で目を覚ました。 生きている。 その自覚と同時に、ぼんやり眺めた窓の外に、傷だらけではあるが、ピカピカに磨かれた【媛】が見えた。 「ああ……」 見慣れた顔が、周りにあって、笑顔を作る。 【歩】に乗っていた者たちだ。 「騎士の誇り、取り戻しましたよ」 「我等は、弱者ではない。姫様がいらっしゃる限り、強く、生きていけます」 自分は助かったのではない。助けられたのだ。 それは、ずっと前からも、きっとそうだった。 「姫様。やはり、じいは皆をあずかるには荷が重すぎます」 そうだ。 「そうだな。また私に任せてもらって、いいだろうか」 返事を聞く前に、姫騎士はまた意識を手放してしまった。 その理由は簡単だった。 答えを聞くまでもない。 そんな、安心のため。 姫騎士は、眠りについた。