初冬。静かな湖畔を望む峠。長い登り坂を一台の車が走る。
 ぐるりとダムを回り込むと、落ち着いた風情の旅館群と土産物屋が見えた。
「しかし、重川長官も粋な計らいをするよな。温泉旅行のプレゼントだなんて」
 車の乗員は四名。
 真藤悠太、芹沢美咲、黒木理緒、そして恵那のEB対策本部の面々だ。
「そうね。温泉旅行だなんて……もう公認みたいなものよね」
「く、黒木さん。護衛をっ。俺の護衛をっ!!」
「……対象外ね。恵那チーフ、運転任せてしまっているのにご機嫌ですね……」
「おっんせんっ、おっんせん、おっんせんせんっ♪」
 と、およそ地球防衛の要とは和気藹々とした雰囲気の車中。
「しっかし、さすが温泉街。カップル多いわねー」
「ソーですねー。ボクらは慰安旅行ですけどねー……っと?」
 悠太が、ふとカップルの一組に違和感を感じる。
「どうしたの? 悠太」
 ガタイのいい男と、褐色の女。ともに金メッシュの派手な髪だ。ただ、違和感がある。
 あまり長く見つけていても失礼だろうと、悠太は視線を外し。
「んー? いや、なんでもない」
 そして車は停車して。
「はーいっ、本日のお宿に到着よ」
「チーフ、運転お疲れ様でした」
「うっしゃー。くつろぐぞー」
 伸びをした悠太に。
「じゃ」
 どさり。
「部屋まで」
 どさりどさり。
「お願いね」
 どっさりと。計、四人分の荷物が彼の双肩に乗せられた。

○――

 月夜。
 露天の風呂に吹く風は、肌寒い。
 悠太は本日二度目の風呂に入っていた。
「やっぱり露天風呂は、寒くなきゃなぁ。――あー、いい月だ」
 その向こう。
 月の向こうの宇宙から、外敵がやってくる。
 明確な敵意を持った、侵略者。
「……綺麗だなぁ」
 しかし、それでも。同じく遠い宇宙から来た友人が居る。
 心強い、隣人。
 悠太は腕のバーンブレスを掲げ、月と並べた。
「これからもよろしくな。バーンディノス」
 言って。
「はー。さみーさみー。おっ、御免よ」
 黒髪の大男が入ってきた。
「あ、いえいえ」
 場所を開けると、気がつく。
「あれ? さっきの……あれ? 髪……」
 先ほど見かけたカップルの片割れだった。染めてるわけではなかったのか、髪は黒く。しかし――。
(なんか……身体がピリピリする……)
 泉質のせいだろうか。軽い電気マッサージをされているような、そんな感じを悠太は受けた。
「おーい、レイカー。月がきれーだぞー」
 竹の衝立の向こう。女性用露天風呂に男が叫ぶと。
「恥ずかしいから大声出さないでよっ。シンノスケっ」
 応える女。名はそれぞれシンノスケとレイカと言うらしい。
 女湯ではそこから女衆の雑談が始まり、盛り上がり始めた。むしろきゃっきゃとけたたましい印象だ。
「まったく……他にお客さん居なきゃいいけど……」
「わりぃな兄ちゃんも。静かに入ってたのに――ヒーローのブレスか。いいよな。ヒーロー。正義の味方」
 悠太は慌ててバーンブレスを隠し。
「あ、ええ。ははは」
 笑って誤魔化した。しかし。
「いや。こんな御時勢、その心は大切だぜ。“俺は正義の味方だ”。胸を張って言えるのは、いい。気持ちいい」
 ん。とシンノスケは全裸で立ち上がり。
「俺は正義の味方だぁ! レイカもそうだっ。うあっはっはっは!」
「わ、わたしを巻き込むなぁーっ! はっ、はずいーっ」
 な。と振り返って笑うシンノスケの髪は、月光を受けて淡く金色に輝いていた。
 悠太も素直に頷く。
「はい」
 そして。
「さて、じゃあ」
 シンノスケはタオルを肩に「べしり」と打ちつけ、尻に力を込めた。
「ちょっとケツに力込めとけ。びっくりして、屁ぇこくぞ」
 言った直後。
 月が吠えた。

○――

 ばちり。ばちりと。
 湖に巨大な放電現象が連続して起こった。
 それは何か巨大な、目に見えにないものの輪郭をなぞるように、ばちばちと。
 そして吠える。
 輪郭だけの怪物は、音のない声で、鳴く。
 ぱちり。
 一瞬、目が見え。
 ばちり。
 一瞬、牙が見えた。
「EB……!?」
 とっさに悠太がバーンディノスを呼ぶより早く、見えない爪が露天風呂の衝立を引っ掻いた。
 そのはずだった。
 しかし。
「……壊れて、ない?」
「まだ、な」
 シンノスケはニヤリと笑い。
「そして、“壊れてないこと”に、するっ。レイカッ!!」
「ガッテン! 超! 磁電フィールド展開ッ!」
 レイカが叫ぶと女湯から謎の黒い光が広がり――。
「特別だ。お前にも見せてやるよ。ヒーロー候補生」
 シンノスケが悠太の頭を掴む。すると、光の向こうには。
「なんだ……これ」
 破壊された街並みと、巨大な獣。
「超磁電鋼デンギ! 参上!」
 その怪物と対峙する、巨大な電気を纏った鎧が、二つ。
「遅れて参上! 超磁電鋼デンジン!」
 デンギからはレイカの声が、デンジンからはシンノスケの声が、確かにする。
「くらえD-デン獣ッ。マッスルアターック!」
 D-デン獣と呼ばれた怪獣は、デンジンのラリアットを食らって倒れ。
「トドメのォ……」
 上空。月と重なるほどに飛び上がったデンギが足先から電磁気を発しながら。
「あーい、きゃーん……クラーッシュ!!」
 質量が、D-デン獣へ飛来した。
 つま先は空気を裂いて雷の音を鳴らし。
『――ォォォォォォォォォォォオン』
 獣を砕いた。
「イレーズ、完了っ」
 辺りに舞い散る光爆は、まるで淡く光る雪のようで。しかしそれらは火の粉のように消えてゆく。
「何だ……これ」
 ぼんやりと悠太がつぶやくと、声が返ってきた。
「D-デン獣。世界中の膨大なデータに、世界そのものが耐えられなくなって生み出した獣」
 それは優しい口調のレイカの声。
「メモ帳があるだろ? アレにメモをとっていく。最初は読めるけど、だんだん書くスペースがなくなってくる。どうする?」
「ページをめくって……別の紙にします」
 そう。とシンノスケ。
「さっきのは、捨てられた方」
「暴れて消えるだけの存在なんだけどね。そうして世界は自分を保つ。新陳代謝」
 だけど。と、悠太はあたりを見回す。
 破壊された温泉街。
「そう。世界にとっては大したことじゃないが、俺たちにとっては大事だ。だが、D-デン獣には特性がある」
 デンジンが消えて、真っ裸のシンノスケが露天風呂へと帰ってきた。
 そこには破壊された衝立があったが。
「はー、どっこいしょっと。あー、生き返るー」
 そして、謎のフィールドが消え。
「え?」
 世界が、元通りに復元され、衝立も復活する。
「戻っ……た?」
「いーや。なにも起こらなかったのさ。“まだ”な」
 その向こうからレイカの声が響き。
「そう。D-デン獣のDはデータのディー。イチゼロの世界から生まれたD-デン獣は、“自分が壊しきることで、破壊が確定する”。そして“私たちが撃破すれば、破壊は確定しない”」
 そしてシンノスケは衝立へと近寄り。
「戦いの結果もイチかゼロ。だから、油断してるといきなり“がつん”と結果だけがやってくるわけだ。――こんな風に、なっ」
 蹴り飛ばした。
「きゃあ!!」
 悲鳴を上げたのは悠太だ。慌てて腰にバスタオルを巻く。
 女性陣は堂々としたもので。恵那と美咲はバスタオルを巻いてひらひらと手を振り、唯一理緒が恥ずかしそうに少し奥に居た。
「いきなりなにすんの……よっ」
 同じくバスタオルを巻いたレイカに、シンノスケはゲンコツを喰らい。
「いっ……て、んだよ。お兄さんのわかりやすい説明にケチ付けんのか? 大体なんだ、アイキャンバスターって。自己紹介かっての」
「カッコイイの! 私は出来る子バスターなのっ」
 悠太は「あれ? アイキャンクラッシュって叫んでたような……」と思ったが、特に気にしないことにした。
「だっさ。超だっさ。だったら俺はアイコウドウボンバーか? だっさー」
「ださくないよっ!? できないくせにっ。まだ超磁電キックできないくせにっ」
「俺は力の二号なんだよ。お前はおっぱいボンバーでも使ってろっ」
「あっセクハラ。それセクハラ~ッ」
「褒めてんだよ。おっぱいは一人前だって」
「ちょっ、下からぼよんぼよんするのやめてよっ。はだけるでしょ……ばかあっ!!」
 殴った。沈んだ。
「はいっ、そんなわけで」
 恵那がパンっと柏手を打った。
「悠太君が超磁電フィールド内に入ってたので、改めてご紹介ね。こちら、“超磁電人”黄道慎之介さん。そして同じく“超磁電人”喜屋武麗華さん。今後、対D-デン獣戦にて共同戦線を張ることになりましたー。拍手~」
 わー、ぱちぱちー、と女衆が拍手して。
「え? え? もしかして……みんな知ってた?」
 対する答えは。
「いいえ」
「ぜんぜんっ」
「俺も初耳だ」
「私もっ」
 はははと恵那が笑って。
「あっれー?」
「ちょっと重川長官ーっ。ちょうかーんっ!!」
 勢いでバーンブレスで通信を試みたら、バーンディノスに繋がったので、ちょっと愚痴を言ってから、新しい仲間の紹介をした。
「とまぁ、そんなわけでよろしくな。ヒーロー達」
 はぁ、まぁ……。
 そう言って、握手をした。
 少しだけ、びりりと。電気の走ったような、しかし心地よい力強さの、そんな握手を。

○――

シンノスケ「と言う夢を見たのさ!!」
ジャック「なんでボクに言うんですか?」
シンノスケ「知らんッ」