日差しは高く、空も高い。
 地方都市の駅前。平日のためか、人通りはそれほど多くはないがそれでも人は流れていた。
 その中に、平日だというのに学生服を来た女性三人が、談笑している。
 サボっているのか、他の理由があるのか、彼女たちは何を昼食にとるかの算段をしていて、そしてふと。
「あれ?」
 一人の女性がふくらはぎを見た。そこには深い一筋の傷。血は出ていないが、かさぶたにもなっていない、不思議な傷だ。
「あっれー、いつ切ったんだろ」
「痛くない? 痛くない? イタそー」
「まっててねー、ばんそーこー。あれー……血ぃ出てないねー。あー、この前テレビでやってたよー。カマイタチ? カマイタチだよー」
 とその傷に対して盛り上がる。
 当の本人は、バシバシ叩いて痛痒いのを誤魔化しているようだが、見た目の割には痛くはないようだった。
 ふとそこに。
「ダメよ、女の子なんだから。雑菌入ったら大変よ?」
 赤髪、短髪、黄色いサングラス。
 そんな出で立ちの青年が立っていた。
「ほ、ホント大丈夫ですー」
 女子の一人があわあわしはじめて、しかし青年は快く笑い。
「まぁ、ホントは“カマイタチ”について聞きたくてねー。おにーさん、大学でちょっと研究しててねー。その傷がいつどこでついたかーとか調べたいんだー」
 女子の一人が「ナンパくさーい」というが、赤髪の男も「そうよーん」と笑う。
「気付いた? カマイタチだからオカマチャン口調なの。カマカマちゃん」
「お、おっさんだ……」
「オネエのおじさんだ……」
 女子が「うさんくさいなぁ」と言い出し。しかし。
「おじさんが見てあげるから、ちょっとそこの“バーガー屋さん”行きましょ。ついでにカマイタチの話聞かせてくれたら、おじさん全額おごっちゃうわよー」
 というので、女子は万歳した。
 「んじゃ行きましょ」と。
 赤髪の男が女子を引きつれて、数歩歩き、路地裏の通りを指さし。
「はい。とうちゃーく」
 昼間なのでついてない、ネオンの看板には『ホテル“バーガー屋さん” 休憩\4,800- 宿泊\9,800-』。
「……あー」
「うん」
 女子の一人が駅の方へ振り向き、交番に向かって手を振った。
「おまわりさーんっ、こっちでーす」
 来た。
 ので。
 近くに居た緑髪の背は小さいけれど胸の大きな女の子を迷子扱いにして、とりあえず事なきを得た。
「お、おじさんのジョークにマジ返しとか死ぬかと思ったわよ、あーたたち」
 赤髪が肝を冷やしていると。
「いやいやいや、流れがスムーズすぎだったから。マジ」
「ゲスい人のニオイがぷんぷんするよっ」
「お、おっけーみんなっ。メールしたらヒロシ来てくれるって!」
 そして。
「おう、にーちゃんか。俺の女に手ぇ出したつーんは」
 短ラン赤シャツボンタンの男が現れた。
「あらやだ……ほんと手際いいわぁ……」
 そして赤シャツが赤毛に詰め寄り、額がつくかつかないかの距離でガンの飛ばし合いをして。
「びびってんのか、あ?」
「やんならやるわよ?」
 額を合わせて、ぐりぐりと。
 一拍の後、赤髪から頭突きが入った。
 赤シャツから蹴りが跳び、それを蹴りで返すと、体勢を崩した赤シャツが腕を大きく振る。
 赤髪がそれを腕で払って、顔面に一発。
 顔を戻した時に、二発目。
 体勢が前かがみに崩れたので、追撃をするように一歩を踏んで。しかしそこで止める。すぐに赤シャツが、後頭部で頭突きをするように、勢いよく跳ね上がるが当たらない。
 待っていた赤髪が振り上がった勢いのままの頭を、顔面からアイアンクローで固定しそのままの流れで後ろへ。
 腰に膝を入れ、少し浮かせると、あとは倒れるだけだ。
 下は路上。アスファルト。
 そのまま落ちれば、重症だ。
 なので。
「まったく」
 落ちる先に、足を出してクッションにした。
 落ちる。
 スニーカーなのでそこそこの痛みが赤髪にも走って。
「ってぇなぁ、おい」
 落下の恐怖で顔を歪めていた赤シャツに、低い声で、言う。
「なぁ。痛てぇなぁ。おい」
 スニーカーを抜いて、頭をアスファルトへと甘く踏みつける。
「ったくよぉ……女ども逃げちまったじゃねぇか……人が折角気のいいおにーさんのフリしてたってのに……」
 ったくよう……。
「なー、おめぇ、“カマイタチ”しらねぇか?」
 と言ったところで、警察が来たので、赤髪の男は赤シャツを残して退散した。

○――

 緑髪の少女。ロクナ・ヤクモ(八雲陸奈)は警察に居た。
「だ、だ、だ……っ」
 完全にテンパって出てくる音は短音のみだ。
 自分はいつもそうだなぁ、と思うが、そんな自己分析ができる余裕があるのに、なぜ声に出ないのかと常々疑問に思っていたりもする。
 何より。
「で、お嬢ちゃん、親御さんは?」
「わ、わたっ」
 私はもう高校卒業している。と言いたいが、言葉にならず。
「こおっ、こっ」
「はい、お嬢ちゃんジュースあげよう」
「あ、ありがっと」
 噛んだ。けどちゃんとお礼は言えた。
 コーラだ。一気に飲む。
「ぷはー。落ち着きましひっく」
 しゃっくり。
「私はひっく高校ひっくもひっく」
 両手で交番の机を叩いた。手首だけで。ぺちん。
 ――つ、伝えられない。
 コミュニケーション能力は低い方だと思っていたが、しゃっくりにまで邪魔されるとは。がっでむ自分。反省しよう。落ち着こう。
 落ち着いて、コーラを飲もう。
「……ぷはー。……ひっく」
 ……いや、ホント落ち着こう、自分。
 そんな風にロクナが一人でテンパっていると、交代の時間になったのか、もう一人の警察官が交番に入ってきて。
「ただいまー。なんか最近“カマイタチ”多いよなー。これさぁ、実は切り裂き魔事件とかじゃないの?」
 入って一秒で誰となしに雑談が始まったので。
「カマひっく?」
「迷子?」
「迷子」
 伝わらなかった。
 それもこれも、すべてあの赤髪のせいだ。
 あの赤髪。
「れ、いち……ひっく」
 自分のパートナーのその男。その名はしゃっくりにかき消された。

○――

 夕刻。山道へ続く、街の端。
 そこに赤髪――レーイチ・トーマ(藤間零壱)は居た。
「“カマイタチ”ねぇ」
 野草のしげるその場所。そこには所々刃物で切られたような植物がある。しかもそれは、束ごとではなく、ランダムに。カマでは切れないような複雑な場所が、すっぱりと、切られていた。
「その傷は、気付かないうちについていて、気付かなければ痛みも感じない」
 ふむぅ。と唸り。
「ねぇ。だったらさ、最初から最後まで気付かず完治したら、その傷は“あった”ことになるのかな?」
 問いかけた先。派手なガラシャツの男数名と、顔に絆創膏をいくつも貼った男がいる。
「哲学のお勉強かい。だったら俺も授業してやるわ」
 派手なガラシャツが言う。
「この世界にゃ、足を踏み入れちゃいけねぇ、“裏の世界”ってのがあんだよ」
 レーイチは、言われ。
「……そうね」
 闇の落ちる空を見上げ。
「見せてやるよ」
 左手を掲げ、腕時計のスイッチを入れる。
「これが“世界の裏側”だ」
 そして、闇が広がった。

○――

 ガラシャツの男は、呆然としていた。
 自分の生まれ育った街。
 退屈だと思っていた。ダサイと思っていた。その中で粋がっていた。
 そんな街が。
 燃えている。
 あの男。赤い髪の男が何かをした瞬間だ。
 だから男が何かをしたのだと思った。
 しかし、違う。

 怪獣。

 四足の巨大な獣。
 外側は金属にも見える外骨格に覆われているが、直感的に獣だと思える、怪獣が、街を破壊していた。

「なんだこりゃぁ……」
 次の瞬間。風が通り過ぎた。怪獣の一振り。風の刃が横を抜けて、仲間たちを薙いだ。
「あ。見ねぇ方がいいよ。見なきゃ“まだ死んでるか生きてるかわからねぇ”から、即死でも確認されなきゃまだ半分生きてるから」
 赤毛の言葉は、頭に入らず抜けていく。

 ただ、見た。

「ロクナ、居たのか。“迷子”になったかと思ったわ」
「げ、ゲスいっ。レーイチまじでゲスいよっ。大変だったんだよっ、聞き込みとかもっ。やっと見つけたしっ」

 赤髪と緑髪。その後ろにある、巨大なロボット。

「じゃあやるか」
「うん」

 D-イレイザー。

 それが、街の、世界の破壊を消し去る様を。