==>[J-40]「ムカデの祠」
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ジャック・インザパンドラ, 八尺8r
なぁ、百足よ。お前はそれだけ脚があり、なぜ前へ進めるのか。 ○―― 緑深い山の中。ダムと湖畔を見下ろす場所に、小さな祠がある。 祠は手入れをするものもいないのか朽ちかけ、しかし供え物と見られる和菓子も、時々は上がっていた。 そんな祠に老人が一人、供え物を上げ、去る。 その姿を一人の少年が大きな岩に座って見ていた。 そしてまた、その少年を見る、小さな影。 『もし。あなたは名無しのジャック様では御座いませんか?』 それは長く、そして無数の脚をもつ生物。ムカデだった。 ジャックと呼ばれた少年は、白いマントと白い帽子を風に揺らしながら。 「僕に気付けるあなたも、何者でしょう?」 ムカデは「失礼」とジャックの下座へ移り、頭を下げた。 『私はこの地に潜む大ムカデさまの使者に御座います。噂に名高いジャック様に、お願いがございます。どうか、ヌシ様の話しをお聞きください』 ジャックは「ふむぅ」と唸って帽子のつばを下げた。にわかに強くなった風に対して。 「……台風も接近していますし……手短になら」 そう言って、困ったように笑った。 ○―― 大ムカデは、湖畔を囲うようにぐるりと一周するほどの大きさで、地の底に眠っていた。 『汝がジャックであるか』 使者のムカデに連れられたジャックは、大ムカデの潜む洞窟の入り口へと連れられる。そこで大ムカデはゆっくりと顔を洞窟の外に出すと、地面が揺れた。 『見ての通り、大きくなりすぎた身である。呼びつけた非礼は詫びよう』 いえ。とジャックが応え、続けて問う。 「あなたはこの湖畔の守り神で?」 『否』 大ムカデは答えた。 『我はかつて人であった。が、人柱となり、そのままこの地の伝承のまま、この姿になったものである』 なるほど。とジャック。 「それで、頼みとは」 『我の最期を見届けてほしい。なに、今晩で話は終わる』 詳しく話を聞けば。 元々大ムカデは湖畔の氾濫を鎮めるために立てられた人柱であり、その後ダムも作られた。 最初は祠を覚えているものも多く居たが、今ではあの老人だけだという。 近々自分は消えてしまうが、大きくなりすぎた身がなくなれば、地盤は緩くなり、さらに近づく台風でダムは決壊するだろうという。 「それで、なんで僕に見届けてほしいと?」 『“怪異”を殺す力を持つという汝だ。この身を縛った人間に、あの身勝手な人間どもに、力を失い理性も失くした我が、もし最期に牙を向けるのであれば、屠って欲しい。卑しくも祭られた身である。そんなことで我が名を汚したくはない』 なんと身勝手な……とジャックは吐息し。しかし。 「付き合う道理もありませんが……」 足元に群がり、頭を下げるムカデの大軍を見て、またため息を吐く。 「いいでしょう。そもそもは“この地を守りたい”という願いが、あなたを作ったのでしょうから」 ムカデたちが嬉しそうにうぞうぞと這いまわる姿を横目に見ながら、ジャックは「で」と、切り出した。 「それはいいとして。ダムはどうします? 結局あなたが居なくなれば、山は崩れ、ダムは決壊するでしょう」 うむ。と大ムカデ。 『故に、今夜である。――さあ、来たぞ』 ずるり、と大ムカデが身を身を乗り出せば、風が強くなる。 台風だ。 遠目。暗雲と暴風と。そして。 「なるほど」 無数の小龍を従えて、巨大な龍が、台風そのものとして、迫っていた。 ○―― 一匹の小龍が山を、街を荒らす。 『龍も蛇の化身の一つよ……。人の手が入らねば、負けはせぬ』 「打ち倒して、地の守りとするつもりですか……」 『強き者が弱き者に命ずる。それだけの事である』 大きく身を乗り出した大ムカデは、もはや暴風雨となった大気を受け。――自らの祠を見下ろした。 そこには、老人が一人居て。 『見るがいい、ジャック。人はかくも浅ましい』 ジャックも、高い木の上から祠を見る。 『我を使い地水を治め、長い間縛り、そしてこの最期にあっても、神頼みである。――なんと弱きものか』 「ええ。――弱き者。そうですね」 『そんな者であっても、我を信じ祀る者である。その声を聴くことは、我の力になるのである――』 そして、その老人の声を聴く。 ああ、よかった。と。 祠は、無事であったか、と。 そして。 「弱き者よ――」 山が崩れて。祠と老人はその中へ消えた。 「――安らかに」 大ムカデはその様を、ただ、眺め。 『……ジャックよ』 「……はい」 眺め。 『何故だろうな。あんな弱き者が、我を助けられるはずなどないのに。何故、我の祠など気にかけたのだろうか』 「……弱いから、他人を助けたいと、そう思うんじゃないですか?」 天を仰ぐ。 『そういうものか。我はもう、力あるモノ故にわからぬ。だが――』 一度頭を湖畔に埋め、そしてまた大きく持ち上げ天を仰ぐ。 『我を知るものはもうおらぬ。我はもう消える。それが今では――わびしく思うのだ』 嘆きにも似たその声に――応える女性の声がひとつ。 「だったら、力を与えましょう」 弾むような。しかしねっとりとした、その声。 大ムカデの頭に座る、サーキュレット=サキュバスだ。 「サキュさん……あなたは……ッ」 「こんばんは、ジャック。でも今日はパンドラの箱の鍵は結構ですわ。――だって、こんな極上の“欲望”に出会えたんですもの」 ぼろぼろと、風雨にさらされながら朽ちるように、大ムカデが消えていく。 『ああ――寂しや、口惜しや』 「そう――寄りて依りては燻る炎」 対するサキュは大ムカデの頭を撫で。 『人さえいなければ、こんな思いを持たずに消えられたのに』 「闇より出でて無に帰す強き欲望よ」 闇に似た炎が、大ムカデの身体を包む。 『想いさえなければ――ッ』 「――そのイデアをあらわにしなさい!」 そして大ムカデは――。 『ぉオオオオオオオオオオオオオオオオ』 崩壊の止まったその身の全てを、山からすべて出していた。 ○―― ご機嫌な様子のサキュに、眉間にしわを寄せて舌打ちする少年が一人。 「余計なことばっかりするわね。この女っ」 「まぁ、言っても仕方ありませんか」と、杖を握りなおす。 「喚起ッ、ツヴァルシェント!!」 空中に魔方陣を描き、その中からツヴァルを通じて下界を見下ろす。 そこには大ムカデと、それと同じくらいの小龍が争うように野山や街を破壊し続けていた。 「こんなものさえ。心さえ、人さえいなければ――なるほど。そうですよね」 「ええ――最初から、なければいい。私とあなたの関係に似ていますわね。ジャック」 サキュは魔方陣を展開するジャックの横で語る。 「私を疎ましく思うのであれば、さっさと鍵を渡せばいいのですわ。そうすれば、“終わり”ますのに」 空中のツヴァルは、そのがらんどうの様な鎧に炎を灯らせ。 「さっちゃんは、黙ってて」 大ムカデへと降下する。 「人さえいなければ。守るものさえなければ――自分さえ居なければ。そうすれば、“あの人間は死なずに済んだ”!」 炎の灯った鉤爪で、殴る。 大ムカデが一度、揺れた。が、そこまでだ。 「それが“最後まで自分を信じてくれていた人”に対する答えであれば! ならば僕はあなたを打ち砕く!! 卑しい怪物――邪神大百足!!」 ゆらり。大ムカデがツヴァルを見て。 『ヌシ様ーっ』 『我ら眷属、応援しておりますーっ』 ジャックの登っていた木の上に。無数のムカデが群がっている。 だから。 『我は――』 「弱き者――汝の名は」 『我は、祀ろわぬ神なり!』 ため息をついて、サキュは消える。 「ジャックポット!! ならば人の畏敬と共に、あなたにはこの力を示そう! 喚起――ッ。かつて名もなき戦場が原を賭けた神々の戦い。その中で人の身にありながら戦局を変えた勇者。……弱き者、汝の名は“小野猿丸”!!」 ツヴァルシェントは、マタギのような意匠に変異し。 「ジャック、オンッ」 巨大な矢を弓につがえ、構える。 「約束を果たしますよ。名もなき神よ」 『ああ。――礼を言う。名も無き者よ』 そして。 放たれた矢は弧を描いて大ムカデを砕く。 「……ジャック、オフ」 砕かれた大ムカデは、しかし無数のムカデとなって、小龍に噛みつき、地に降ろす。 龍を、蛇へと貶め、そして。 そのまま嵐の暴風のように。ムカデは龍をかつての大ムカデの住処へと、運んで消えた。 ○―― 百足は問う。 なぁ、蛇よ。お前は何故、脚がないのに先に進めるのか。 蛇は問う。 なぁ、百足よ。お前はそれだけ脚があり、なぜ前へ進めるのか。 だから、お互いに問う。 何故、汝は前へ進めるや? と。 だから、お互い返答はこうだ。 『考えていては、進めない』 ○―― 晴れた空。 土砂崩れのあとも舗装工事が終わり、大きな被害をもたらした台風の爪痕もほとんど消えた、そんなある日。 少し風のある空の下で、ジャックは岩の上に座っていた。 『ジャック様、ジャック様』 「……はい?」 見ればムカデが一匹、足元に居た。 『その節はお世話になりました』 いえいえ。と適当にあしらうジャック。ふと。 「ところで、あの龍はどうなりました?」 『はい。ヌシ様の毒で、しばらくはこの地を動けぬようです。毒の抜けた後、ここを去るか、ここの土地神となるか、決めるとのことです』 「かつては土地をかけて争ったというのに……時代も変わりましたね」 ふと見れば、かつて祠のあった場所に、新しい祠が建っていた。 『……人間がまた、今度は龍を縛ってしまうかもしれませんね』 そこに一人の若い男が現れて。 和菓子を供えて去って行った。 それを見ながら。 「いえ、案外――」 祠の後ろから白蛇が出てきて、和菓子をぺろり。 そのまま、祠の上でうたた寝を始めた。 「心地よいから、ここに居ただけなのかもしれませんよ。だって言ってたじゃないですか」 『――礼を言う。名も無き者よ』 今まで見守ってくれて、ありがとう。と。 代々続いてきた、祠の守り人達に。 確かにそう大ムカデは言っていた。 そして。 今も白蛇は心地よさそうに、祠の上で眠っている。