とある平野の集落。
 その外れには掲示板があり、「人さらいに注意」という掲示と共に、「来たる! サーカス団」との掲示もある。
 また、のどかに広がる麦畑には、収穫前の麦がたわわに実っていた。
 そんな麦畑に、大きな影がある。
 中型二脚自走砲。ジャンピング能力を強化した逆間接型のホッパーズ・タラップスだ。その機体にサーカス団メンバーの“シリアル”は乗っていた。物資調達係のシリアルは、普段は自走砲には乗らないが、しかし操縦程度はできる。
 シリアルは、この集落を知っている。
 過去に興業に来たわけではない。
 過去に。一度訪れた。
「……なんて日だ」
 昔。サーカス団に入る以前。この集落の女をさらって、殺した。
 忘れてはいない。
 殺した“女たち”は今でも覚えている。
 朝も昼もシリアルしか食わないからそう呼ばれているが、実際はCerealではなく、Serial。シリアルキラーのシリアルだ。
 一時は世間を騒がせたが、捕まり死刑囚として投獄された。
 そういうものだと思っていたが、しかし、過激派思想政治団体――いわゆるテロリストが死刑囚の解放を求めて運動し、そのドタバタで脱獄した。
 刹那的に生きてきたと思う。
 死ぬことに対しても、殺すことに対しても、特に執着がなかったように思う。
 だが。
「走って知らせろ。“グルル”が来た、と」
 背後の少女は、拳を握って動かない。
 今、シリアルの目の前には殺戮AIグルルの操る戦闘マシン“羅刹女”がいる。
 今先ほど、空から落ちてきた。
 タラップス程度では太刀打ち出来ない相手。元より、正規軍一小隊相手も余裕でこなす化け物だ。
 なんて日だろうな、とそう思う。
 別に逃げたっていい。
 生に執着がないと言っても、死への恐怖はある。
 だが――十年ほど前に姉を殺されたという少女が背後にいる。そして、今でも“自分のため”に「人さらいに注意」という警告をし続けている、集落がある。
 だから。
 一つだけ、この集落を守る方法がある。
 自爆にも似た、方法が。
 そうだ。だから。
 ――ああ、なんて日だ。
 このために、生かされたのかと思う。
 あの日少女が犠牲にならなければ。
 あの日自分が脱獄しなければ。
 あの日サーカス団と出会っていなければ。
 今日、この町に来なければ。
 今、自分が死ぬことを覚悟しなければ。
 ――この集落は、誰の選択もなく、消え去った。
 贖罪というよりも、運命だとシリアルは思った。
 覚悟を決める。
 だから、背後の、自分が殺した姉をもつ少女に、もう一度言った。
「逃げろ」
 この場から、居なくなるだけでいい。しかし。
「死んじゃやだ……おじさん――ッ」
 泣くなよ。
 この集落の人間は、みんな俺が死ねばいいと思ってる。本当のことを知れば、そう思うはずなんだ。
 だから。だから、言う。
「お前にだけ……教えてやろう」
 なんて日だ、と、思う。
「おじさんは……おじさんは、な」
 強い瞳が、こちらを見て。
 ――ああ、くそう。
「おじさんだって“サーカス団”の一員なんだ。裏方だからって甘くみんな?」
 二度と嘆きを、与えてなるものか。
 少女は「うん」と大きく頷き、そして集落へと走り去っていく。
「さぁて、と」
 そう。日頃自走砲に乗らなくとも、差し違える程度、できる。
 決意などではない。
 本望だ。
「なんて日だ――」
 嘆くでもなく、感謝する。

 ああ、なんて人生だったのだろうか。

 と。